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しかし彼女ならば、一緒にいるだけでいい。まだプライベートな二人だけの時間すら、長く確保できていないのだから。
今は二人でいられる時間。それを大切にしたい。そう思っている。
「さて、肉を食べに行こうか。」
「焼肉?」
「それは明日以降にしようね。最後にお店の人に叱られるのはイヤでしょ。」
「そうね。」
ボクは彼女の手を取って店を出る。
今日の店も喫茶店から『ピンクシャドウ』へ向かう途中にある肉バル。アンガスビーフの美味しいお店。いわゆる熟成肉っていうやつだ。
一旦帰宅してからの運転が待っているので、ボクも飲酒は控えた。
二人して烏龍茶で乾杯した後、残り少なくなった彼女の大学生活の状況を聞きだす。
「卒業はできそう?」
「卒論はね、一応先生にOKがもらえたから、たぶん卒業は出来ると思う。あとは国家試験だけ。講習会に参加したり、模擬試験を受けたり。なんだかドキドキしてる。」
「ときには息抜きも必要だよ。」
「うん。」
「ホントは会いたいって言うのを我慢してるんだけど・・・。」
「ん?言ってるし。」
「でも区切りが付くまで我慢するよ。」
「ありがと。私も会いたくないわけじゃないの。でもね、今しかないから。」
「わかってるよ。でも、たまにメールするから近況報告だけはお願いね。」
「毎晩おやすみコールするわ。覚えてたらだけど。」
「ははは。大丈夫、次回のために焼肉屋も検索しておくだけさ。」
今日の肉も抜群だった。ビールが飲めないのは残念だったけど、明日になれば浴びるほど飲めるさ。
「今日も店の前で見送るんだね。やっぱり神妙だな。」
「アッくんが来てくれるのを待つだけだよ。」
そう言ってボクの手の上に、そっと手を合わせてくれる。
誰もいなければ、そのまま抱きしめたいところである。しかし、如何せん店の中では徐々に客数が増えてきており、ボクたちの蜜月の時間は遠慮されるべき空間となっていた。
二人きりでプライベートな時間を過ごせるようになると、お互いに少しずつ親近感が湧いてくる。ちょっとした仕草の癖や喋り方の癖、笑うタイミングや関心事の有無。そういった小さなエピソードもボクにとっては彼女の心をより深く掴むための材料となるのである。
「ところで、ミサちゃんの大切な試験の日はいつなの?」
「んとね、二月の三日。もうあと一ヶ月無いの。結構焦ってる。」
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