ひりひりしつつもほんのり甘い序章

3/5

339人が本棚に入れています
本棚に追加
/358ページ
駅前の風景は、少しだけ変わって、でもほとんどは見覚えのあるものばかり。 変化のない、単調な町。 ここに、今日から私は住むのだ。 と、その時、薄手のコートのポケットに突っ込んでいたスマホが震えた。 着信画面には、お母さんの名前。 「もしもし」 「あ、知香(さとか)、着いたの?」 いつもながら、お母さんはテキパキと喋る。 「うん、今、駅を出たところ」 「ああ、良かった! あのね、あなたに頼んでおくのを忘れて……」 「ちい」 電話越しのお母さんの声を遮るように、別の方向から声がかけられた。 スマホを耳にあてたまま、私がとっさに振り向くと、そこには背の高い人影。 「え?」 「知香? 聞いてる?」 お母さんの声も、今の私の耳には届かない。 「久しぶりだな」 と言って、私に近づいてきたのは、肩幅の広い大人の男性だった。 記憶の中よりも、その姿は少し背が伸びていて、がっしりとして、前髪が長かった。 「秀、くん?」 「おう」 正解を返した私に、彼はニッと片頬を歪めるような独特の笑みを浮かべる。
/358ページ

最初のコメントを投稿しよう!

339人が本棚に入れています
本棚に追加