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「え、何で?」
私の間の抜けた質問に、彼はひょいと肩をすくめた。
「何だよ、お前、おばさんから聞いてねーの?」
そうだ、お母さん!
私は慌てて、だらんと下ろしていた手の中のスマホに意識を戻した。
もしもし!、とお母さんが怒鳴っている。
「ちょっと、お母さん、秀君がっ」
「もう、知香ったら!
あのね、お隣に秀平君が帰って来ているから、ご挨拶しておくのよ。
とにかく、そういう事だから、よろしくね」
秀平君が帰って来ているも何も、今、本人が私の目の前にいるんですけど!
お母さんはせっかちで、人の話を聞かないところがある。
遠くにいるものとばかり思っていた彼が、どうしてこの町の、しかも私の前にいるのか。
無音になってしまったスマホをポケットに戻すと、私はノロノロと目の前の人物に向かいあった。
「荷物、こんだけ?」
当の彼は、さっさと私の横のキャリーバッグに手を伸ばしている。
「あ」
反射的に伸ばした手が、彼のそれに重なった。
ビクッとして手を引くと、彼は気にした風もなく、キャリーバッグを持ち直した。
「お前、ベタだなぁ」
「う、うるさいな」
「ほら、行くぞ」
そう言って歩きだす背中を、私は複雑な思いで見つめながら、重い足を動かす。
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