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緑の草と桜の花びら。
春の匂いがホームを埋めていく。
夜の改札を出ると、ひっそりとした薄暗い商店街だけが俺を出迎えた。
医師という仕事に就いてから、呑みに誘われることも多くなり、通勤は電車になることが増えた。
勤務終了時刻は遅く、
商店街が活気づいている時刻に出くわすことも無い。
角を曲がり、いつも少しだけ力の入ってしまう店舗の近くに来ると、閉まっているはずのシャッターは半分程開き、柔らかな光が漏れていた。
足早に過ぎようとした時、その隙間から、店の主がひょっこり顔を出す。
俺を見ると、少し躊躇い、それからすぐ旧友に出会ったような顔をした。
「やっぱり…そうや!あの時の…」
写真館の主は、ショーケースの中にある
その写真と俺を交互に見比べた。
「ど…うも」
「ずっと見かけへんから引っ越したんかと思ってた。
あれから結婚したんやよな?
あぁ、ええっと……もし別れてたりしたらごめんやでぇ」
旧友との再会みたいに目を細め、申し訳なさそうに頭をかく。
「……あ…いえ実はまだ……その……彼女とは結婚してなくて。
別れた訳やないんですけど……」
俺がそう言い放つと、主はただでさえドングリみたいな目を一層際立たせた。
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