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「そぅなんか?
あ、いや、あれからかれこれ10年近くやし、そのてっきり……。
……まぁ今時の人は婚姻にはとらわれんみたいやからね。人それぞれや。
まぁまたそのうち二人で顔見せてよ。
彼女、えっと……」
「中園 葵です」
苦笑しながらそう答えた。
主はきっと俺の名前も忘れてるやろう。
「そ、あおちゃん!
ほんまにきれいな子やったなぁ。
事情はあるやろが、早めに結婚したってや」
主と別れ、また家路を辿る。
マンションに着き、キーを回し、
その真っ暗な部屋で、日中我慢していた溜め息が部屋中に溢れ出た。
照明をつけ、カレンダーにバツをつける。
今日はあと5時間程で終わり。
飯もそこそこに、学会用の資料に目を通した。
横たわるソファーの上に、春の緩い風が吹いている。
潤太郎がくれたピンクのカーテンは、あまりにも長い月日に色落ちし、太陽の色を沢山染み付けて、まだらに揺れていた。
彼女がこの家を出て行った事実に、皆触れないようにしている。
家出した恋人を10年も待ち続けるなんてクレイジーだと。
いずみちゃんとより戻したら?
いつか姉にそう言われた事があった。
いずみは今だによく、俺の仕事場のナース達に差し入れを持って来てくれるし、独身だからだ。
西田さんを含め、周囲はいずみが俺の彼女だと誤解している。
あえて否定はしない。
説明しだすと必ずあおの存在を言わなければいけないし、彼女の帰りを待ちわびる俺としては、それは過酷な作業だからだ。
でも時折ふと、自分が輪を回り続ける鼠になったような気がする。
楽しいから回り続ける。楽しいから…。
資料など一切頭に入らず、そればかりを考えていると、姉からの電話が着信した。
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