CHERRY

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数分後、向かいのマンションで迫田という表札を探し、チャイムを鳴らす。 「……やあ、寝てた?」 午前1時には不向きな挨拶をして、寝ぼけ眼の迫田 潤と向き合う。 「ど、どうしたんっすか」 「実は…Gが」 「G!?」 突拍子ない声をあげ、迫田君はすぐ手を口で塞ぐ。 殺虫剤関係が無いことを告げると、 新聞片手に迫田君は我が家に来てくれた。 「あ、どーぞどーぞ」 迫田様と呼びたいくらいの背中を押して、部屋に入る。 「……どこらへんですか?」 「エアコンのとこ。大きくて、黒かった」 「なるほど、珍しい。家にいるのはたいてい茶色やねんけどなぁ」 迫田君の後ろに隠れるようにして奴の行方を追うものの、ゴキブリが姿を見せることはなかった。 「出て行ったかなぁ。 また出て来たら教えて下さい。何時でもかまわないんで」 「えっ、待って。いや、その、ちょっと」 存在を知った以上、 奴と二人きりにされるのは敵わない。 言葉と同時に迫田くんの服の端を、 思わず強く無意識に掴む。 「そんなに嫌いですか?ゴキブリ」 「好きな人おる?」 「じゃあ…どうすっかなぁ…。今日1日部屋交代するとか? あ、それは中園さんが嫌ですよね。俺が中園さんの部屋に寝るとか」 「……うーん」 「……こうしてても、なので、嫌じゃなければ俺んち来ますか? そしたら心も落ち着くでしょう」 「……お邪魔じゃ」 「俺はソファーで寝るから、 中園さんにはベッドを貸すんで」 そう言うと迫田君は、  「ただで、ただでね」と笑みを浮かべた。
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