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ー たっ、大変やっーー!
その木がしなる程、おっちゃんがドアを激しく叩いた。
その不安定な声が鬱陶しく、返事もろくにしなかった、大学4年の春。
『何の騒ぎ!?』
ノックが鳴り止まないことに苛立ち、
それでも鏡の中のかわいい私と目を合わせながらドア越しに訊いた。
『…あーちゃんっ、開けて。春子さんが』
『おばちゃんがなに?』
『出て行った…。出て行きよったぁあ!』
『え?』
ドア向こうには、青白い顔をしたおっちゃんがいた。
その手には、手汗によれたチラシが握られている。
出ていく時くらい、ちゃんとした便箋に書きいや。
違う苛立ちを抱えながら、私はそれをおっちゃんの手からもぎ取った。
【信雄さん、あーちゃんへ。
突然ごめんなさい。
愛する人ができました。
この気持ちを隠し、
嘘をついたまま生活するのが辛くて、家を出ます。
血の繋がらない二人を残していくことに深く悩み、苦しみ、
それでも愛する人と暮らすことを選んだ私を、許してくれとは言いません。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。
どうか捜さないで下さい。 春子】
善意のふりした悪意。
意外に身近にいてたんやな。
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