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静かにせせらぐ川に足を踏み入れ、その冷たさに思わずスャムは声をあげた。大事な任務の途中だというのに、これでは先が思いやられる。
エンセライルとハルハンの国境にある山脈で、密偵は途方に暮れていた。
彼、スャムは、ハルハンの幹部であり、同時にさまざまな国に出向き、その内情を捜査する密偵でもあった。二十一という、かなり若い歳にもかかわらず、ハルハンの最重要機密にまで触れている彼が、どうしてそのような危険な任務についているかは、ひとえに彼の実力ゆえだった。
十七歳だった彼に与えられた初の任務は、とある国に侵入し、軍務の情報を出来るだけ手に入れてくるという、ざっくばらんとしたものだった。当時のハルハンは列強諸国の猛撃にさらされ、息も絶え絶えで、人手もなかった。故にスャムは鉄砲玉としての役割、つまり、失敗しても成功してもどちらでも良いから、勝手に死んでこい。というひどい任務を与えられたかわいそうな若者という立場だったのだ。
しかし、スャムはその任務を難なく、というと語弊はあるが淡々とこなし、彼が手に入れた情報によって、ハルハンは戦況を覆す結果に至ったのだ。
そんな彼が今回任されたのは、ハルハンの隣国で、七国の中では最も予想がつかない国、エンセライルに侵入し、物資をどのように手に入れているのかを探るという任務だ。
今までこなしてきた仕事と比べれば、スャムにとっては容易な部類に入るこの任務だが、一つだけ困ったことがあった。
エンセライルは、四方を山に囲まれ、ほぼ絶壁と言える山々の中心にあった。つまり、正式な入国ができないスャムは、その山々を超えて、エンセライルに侵入しなければならないのだ。
足に走った寒気に、思わずスャムは舌打ちを漏らす。きらきらと輝く川辺の石にさえ、殺意を覚えた。長時間の移動により、彼の体力は山の寒さに吸い取られていた。これ以上進むのは好ましくないと、川の脇に腰を下ろした。背負っていた荷物を下ろして、一息つく。
(ここまで気が乗らない任務も久しぶりだな)
袋の中から油紙を引っ張り出し、身を包む。夏とはいえ、薄着のスャムには防寒が必要だ。
急ぐ任務でもない。成功すれば長年のエンセライルについての謎が解けるというだけの仕事だ。だが…
(あの国は、ある意味一番厄介だ)
眠りの中に溶けゆく意識の中で、スャムは決意を固めた。
(なるべく早く、終わらせよう)
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