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「そんなこと言わないで。実くんがいなくなったら、私が淋しいしつらいよ。だから、もうだめだなんて、言わないで。私は実くんがいてくれるだけで、うれしいから」
白い息とともにはきだされた声は、とても優しかった。つぐみの声は女子にしては低音で、本人もそのことを気にしてはいた時期はあったようだったけど、けどだからこそ人を癒す作用がある気がした。実の嗚咽が止まった。
さきほどまで実を支配していた圧倒的なものが静かにどこかへ消えていく。ほどけていく。つぐみのあたたかさが直接、実の心の中に流れ込んでくるようだった。
「実くんは、私なんかよりずっと傷ついていると思う。だけど、本当に強いひとは、傷つかないひとじゃなくて、傷ついても生きていけるひとだと思うの。忘れられないほどつらいことなら忘れなくていいし、つらいならつらいままでも、生きていけばいいんだよ。生きていっていいんだよ」
肩にぬるい液体を感じた。それがつぐみの涙だと気づいた時にはもう彼女を好きになっていた。
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