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第1章
フラワーショップなんて洒落た店がここ偽腐県にあるわけもないので、地元のお年寄りたちの憩いの場、園芸専門店華夢館の片隅にある花屋さんで、柴咲実はバラの花束を注文した。バラと言えば赤が定番だろうが、あえてピンクのバラにした。その方がつぐみには似合うような気がしたからだ。
「いいねぇ花束なんて。……カノジョにあげるの?」
年配の女性店員がニヤニヤしている。実は大柄な身体を縮めて、首を振った。
「いやっ! そのっ! カノジョじゃない、んで……まだ」
正直な反応に、店員は天井に響くような大声で笑った。
「わかったよ。頑張んなね。じゃあこれは、オバサンからのエールってことで」
ピンクのバラの周りに散らすように、つくりものみたいな小さな白い花をオマケしてくれた。かすみ草と言うんだと、あとでつぐみが教えてくれた。
「あそこで焼きたてパンと珈琲をもらえるからどうぞ。頑張ってね、お兄さん。卒業、おめでとう!」
なぜわかったのかと思ったが、学ランと卒業証書の筒のせいと気づいた。ぺコンと頭を下げると、平均年齢が天井知らずのカフェ風の休憩室で、牛が草をはむようにのんびり無料のパンにかぶりついた。
……うん。わりとうまい。
初めて訪れた場所だが、今度、つぐみねーちゃんを連れてきてもいいかなと思った。
ジジババさんたちに、あら学生さん卒業式なの?おめでとうこれもおたべーあーありがとうですすんません、とのほほんとすごしていたら、油断しすぎた。午後5時を過ぎている。あわてて自転車に飛び乗って、必死で漕ぐこと二十分。JR保泉駅のロータリーには迎えの車が群れをなしていた。その真ん中にある噴水に自転車をたてかけて、つぐみを待つことにした。
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