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日菜子さんはわたしの目を見ない。ただ漠然と、わたしのユニフォームのセーラーカラーのあたりに目を落としている。あなたのせいでみんなが迷惑してるの──という言葉を日菜子さんは言いかけて、飲み込んだ。職員の個人的な思想は子ども達に押し付けてはいけない規約になっている。
「わたし間違ったこと言ってるかな」
「言ってません」
「誰のために言ってるのか分かってるかな」
「わたしのためです」
大人の言うことはいつだって正しい。そうだよね、日菜子さんは何かを抑えつけたような声音でゆっくり言い含めた。
「棗さんのために言ってるの。勝手にどっか行って、その先で倒れたりしても誰にも助けてもらえないんだから。口ばっかりじゃなくて、本当にもう止めてもらわないと」
日菜子さんはそこでようやくわたしのぼろぼろのシューズに気がつき、また新しいのに替えなきゃならないじゃない──と何度目かのため息をついた。
──あなたのわがままにみんな迷惑してるの。
知ってる。
そしてまた、日菜子さんが本当に心配しているのはわたしではなくて自分の立場なのだということも、知っている。だって、未成年保護法がさらに強化されたのはつい先月のことだし、担当未成年に何かあったら責任を問われるのは日菜子さんなのだ。
──仕様がないよ。
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