2201/7/21/16:52 楠木修治

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じかに外に出なければならぬときは未だに傘やレインコート、レインブーツを使用する。精々生地が汚れにくく丈夫になったとか、撥水技術の向上といった細かな改良がなされた程度である。空中にふわりと浮いて自動で人の動きについて来る未来型レインカプセル──なんて無いし、月に人が定住出来るようになったわけでもない。昔のSFコミックのようなてらてらとした『未来服』なんて誰も着用したいと思わず、フィクションが過ぎるタイムマシーンの開発なんて論外だ。そんなものだろう。実際の未来人はもっと堅実で、彼らと同じく日々に追われて生きているのだ。 でも──やはり比べてみれば昔と今は確かに大きく変わったのかも知れない。そもそも雨に頻繁に困るほど大抵の人間はわざわざ外へ出る必要がない。今の時代、草木に触れることすらおぼつかない。虫を見つければ真っ先に駆除しようとする。空を見上げることに就いては殆ど忘れかけている。 昔の人間が今の時代を夢見たように、私もまた昔の生活の長閑(のどか)さにフィクションの混じった憧れを抱いている。 「なんだびしょ濡れだな」 様子を見にバルコニーに出てきた友人の白石(しらいし)が笑うので、初めて自分が庭先で雨の中にずっと立っていたことに気がついた。 「わざとやってんの」 「考え事をしてただけだよ」 何をそんなに考えてたのさ、彼は面白がる風に続ける。 「普通は雨を忘れる位没頭するなんてそうないって。俺なんかは凡人だから全くお前の行動の意味が汲めない」 「別に──昔の人はお気楽で良かったなって考えてたんだよ。今は窮屈だからさ」 白石のからかいを聞き流して彼の脇を通り過ぎ、私はドレッシングルームに向かう。衣服が皮膚に張り付いて脱ぎにくい。私の嫌う、不潔で有機的な匂いがする。気持ちが悪いのでそのままシャワーを浴びることにした。
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