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君の赤いスーツ
「ヒコ、見て! このデザイン、オーケー出た!」
「ほんとに? すごいじゃないか!」
それは赤だというのに落ち着いた色合いで、妻のサチが作る第一の作品にぴったりなカラーをした、スーツのデザインだった。
「と、言うことは」
言いながら僕は、ちらりと紙の端から顔を出して彼女を見た。
度の強い眼鏡の奥で満面の笑顔を見せるサチは、まるで満月のように大胆に、そして希望の光を纏うように僕を見つめて唇を開く。
「このスーツを着て、もう一度ランウェイを歩いて。ヒコ!」
この時を二十年待った。
もうお互い四十六歳。
君のデザインした服が世に出るその日、初めて君のスーツを着るのはこの僕だ!
「やっとだね」
「待たせてごめんね」
僕たちは久し振りに互いの温もりを与えあった。
スーパーモデルとしてランウェイを歩いていたあの頃に戻って、君の最高傑作を纏いまた歩ける。
これからは君だけのモデルだよサチ。
仕事もプライベートも、君だけのものだ。
「そろそろ子供も欲しいよね」
ずっと彼女は仕事一筋だった。
僕もそれを理解して金を稼ぐだけであっという間の二十年。
授かり物もないままこんな歳になって……。
まさか、サチから。
サチの口からそんな言葉が聞けるなんて。
「頑張らないと、な」
サチの澄んだ瞳に花が咲いている。
ライトの光が、僕らを照らした。
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