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それから少し行くと、途端に目の前に一面の麦の穂が広がった。
秋は空が綺麗な季節。少し冷たい新鮮な空気を体内に吸い込むと、アズは感嘆を上げた。
「きれい――!」
「アズに、見せたかったんだ。きっとこういう場所好きだと思って」
アズは不思議に思ってエータを見上げたが、彼は嬉しそうに高い空を見上げたままだ。エスパーなんだっけ? と思い返して小さく笑い、それからアズはエータの手をぎゅっと強く握り返した。
「アズは……」
視線を夜空に固定したままエータはそう言い掛けて、直ぐに止めた。
「なあに?」
気になる。アズは聞き返したが、エータは結局言わないことにした。
「なんでもないよ。そろそろ行こうっか」
帰りたくないなとアズはまた思った。まだ帰りたくない。何度かそう思ってからアズはひとりで慌てた。流石にこれ以上は困らしてしまうだろうと考え直した。
――そう。俺はアズのことならなんでもお見通しなんだ。
きっと今ここに連れて来てくれたのは、帰りたくない気持ちがばれていたからだ。
「エータの手は温かいね」
「そう?」
「うん。温かくて安心する。離したくなくなっちゃうの」
そんなこと言われたら帰したくなくなってしまう。嬉しいけれど複雑だ。アズは知らないだろうけれど、自分は結構我がままだ。そんな急く気持ちをどうにか抑えて、エータは気づかれないように彼女の髪に軽くキスをした。
ずっと求めていたもの。
ずっと探していたもの。
あぁ、それが今ここにある。
ずっと、会いたかった人が今隣りに居る。
少し困ってるエータを余所に、アズはこの心地を噛み締めていた。これは夢じゃない。本当なんだ。
「明日からミナミに頭上がらないなぁ」
ふとアズが呟いた。
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