第2話

9/9
前へ
/53ページ
次へ
 それから少し行くと、途端に目の前に一面の麦の穂が広がった。  秋は空が綺麗な季節。少し冷たい新鮮な空気を体内に吸い込むと、アズは感嘆を上げた。 「きれい――!」 「アズに、見せたかったんだ。きっとこういう場所好きだと思って」  アズは不思議に思ってエータを見上げたが、彼は嬉しそうに高い空を見上げたままだ。エスパーなんだっけ? と思い返して小さく笑い、それからアズはエータの手をぎゅっと強く握り返した。 「アズは……」  視線を夜空に固定したままエータはそう言い掛けて、直ぐに止めた。 「なあに?」  気になる。アズは聞き返したが、エータは結局言わないことにした。 「なんでもないよ。そろそろ行こうっか」  帰りたくないなとアズはまた思った。まだ帰りたくない。何度かそう思ってからアズはひとりで慌てた。流石にこれ以上は困らしてしまうだろうと考え直した。  ――そう。俺はアズのことならなんでもお見通しなんだ。  きっと今ここに連れて来てくれたのは、帰りたくない気持ちがばれていたからだ。 「エータの手は温かいね」 「そう?」 「うん。温かくて安心する。離したくなくなっちゃうの」  そんなこと言われたら帰したくなくなってしまう。嬉しいけれど複雑だ。アズは知らないだろうけれど、自分は結構我がままだ。そんな急く気持ちをどうにか抑えて、エータは気づかれないように彼女の髪に軽くキスをした。  ずっと求めていたもの。  ずっと探していたもの。  あぁ、それが今ここにある。  ずっと、会いたかった人が今隣りに居る。  少し困ってるエータを余所に、アズはこの心地を噛み締めていた。これは夢じゃない。本当なんだ。 「明日からミナミに頭上がらないなぁ」  ふとアズが呟いた。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加