第3話

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「おつかれー。昨日は……」  いつものローテンションで言い掛けて、ミナミはなんとなく感じた悪寒に後ろを振り返った。 「ったく、あれ、どうにかならないの」  遠くの方で物凄い剣幕で自分を睨みつけている目がある。仲間内ではここ最近定説になりつつある。アズがひとりの時、男子諸君は近寄るな。良い迷惑だった。 「ごめん」  申し訳無さそうに伏せ目がちに謝るアズが痛々しい。それから何となく会話が続かなくなり、ふたりは沈黙した。  今更傍を離れたところで、既に一度話しかけてしまったわけで、そうしてミナミはアズに用事があるから話しかけたわけで。しかも呼びつけたのは自分の方。自分に向けられている妙な逆恨みは消えないだろうから、ミナミは諦めた。  アズはもう一度心の中で「ごめん」と繰り返し、そうして思った。  最近誰かに謝ってばかりだ。溜息を吐きかけたところでミナミが沈黙を破った。 「気にするな。それより、お前、ケータイ」  良くわからないまま、アズはケータイを取り出した。  有無も言わさずミナミはそれを奪うと、カチカチと勝手に他人のケータイを操作している。そうして投げて寄越した自分のケータイをギリギリでキャッチして、アズはミナミの顔をぽかんと見た。ミナミがよくわからないけれど、ものすごく呆れた表情を浮かべている。  よく見ると、ケータイの画面にはエータの名前。迂闊だった。アズは本気で忘れていた。 「世話が焼けるよな、ホント。ケー番くらい交換しとけよ」  と次の瞬間、ケータイがぶるっと震え出してアズは慌て、落としそうになった。相変わらずとろいなと馬鹿にした顔のミナミと目が合って、苦笑いを浮かべながら電話に出た。 「代われって」  電話に出て直ぐにアズはそう言って、ケータイを再びミナミに手渡した。そのままミナミはごめんと手で合図して教室を出て行った。  ミナミが謝った通り、アズにとって最悪な状況だった。  よりにもよって、今教室の中には例の彼とふたりきり。次の講義がこの教室だからって、こんなところで待ち合わせるなければ良かったとアズは心底後悔した。彼はすっと席を立つと真っ直ぐアズのところまで遣って来て、向かいに腰を下ろした。  今は昼休みに入ったばっかの時刻。次の講義は学科の必修授業で参加者もクラスメートのみ。友人たちは揃って学食に行ってしまった。アズはたまたま今日、弁当持ちだったのとミナミと話があったからこっちに来た。たぶん、もう暫くするまでここには誰も来ない。
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