第3話

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 エータのほうが一コマ授業が多く、アズは空いた時間に友人へメールを打った。 『今どこに居る?』 『C棟の屋上』 『行っても良いかな』 『うん、待ってるね』  そんな遣り取り済ますと、アズは目的地へ向かった。 「ユキさーん」  少し先からそう呼びかけると、ユキはくすくす笑った。 「そんな急がなくても良いのに。それともそっちが急いでたかな?」  ふふっと微笑んだユキは、アズよりも更にひとつ年上である。みんなから「さん」付けで呼ばれるのは歳のせいではなく、ただ単にその落ち着いた佇まいからだった。  アズは途中で買ってきた缶コーヒーをひとつ手渡し、自分の分のプルを引っ張った。ひと口飲んでから、一度それを地面に置いて煙草を取り出した。  その覚束ない様子を微笑みながら見守っていたユキが、「良かったね」とぽつりと言った。 「やっぱり……もう耳に入ってたのね」  嬉しいことで喜ぶべきことの報告を悲しそうにそう言ったアズに対し、ユキは至極楽しそうだった。 「うん、サキがさぁ、実況中継してくれてた」  可笑しそうに笑うユキにアズは申し訳なさが先立った。アズはユキが辛い想いを抱えていることを知っている。それが自分のせいだということも。 「ねぇ、講義出てなかったのって……」 「うん、そう。駄目ね、あたし」  頑張るべきはアズではなくて、自分だとユキは言っているように感じて、アズは切なくなった。 「……ごめんね」 「アズが謝ることじゃないよ。一番困ってるのはアズでしょう」  そう言うとユキの微笑みが悲しそうに変化した。ユキのその顔はとても綺麗で、アズは見惚れそうになったが、やっぱり悲しそうな顔は見たくない。  元々、大山はアズたちの仲良しグループの一人であった。とはいえ、今はそばにさえ寄り付かない。  当初、大切な仲間に対して、仕方なくみんな苦言を吐いていた。仕方ないとはいえ、誰もが悲しいことだと思った。  もはや仕方ないどころではないところまで来ている。アズは大山が怖い。  みんながアズを守るように大山と対立する中で、唯一ユキは今も大山のそばに居て、そして最も辛辣な言葉を彼にぶつけるのも彼女だった。その時、どんな風に大山が振舞っているのかはユキしか知らない。ユキは誰にも言うつもりがない。
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