第1話

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「ユリちゃーん! ちょっと待って!」  今日の講義はこれで最後だったし用も無いし、ユリはさっさと帰り支度を終えて講義室を出た。  大きな声で呼ばれて振り向くと、クラスメイトのミナミが、彼にしては珍しいほど高いテンションで走り寄って来ている。   そしてユリはそのまま目を瞠った。  アズが、引きずられている?!  ぽかんと口を開けてその様子を眺めていたら、ユリの目の前でミナミが立ち止まり、アズと二人して肩で息を付いている。 「な、に……ごと?」  ユリがどうにか尋ねると、息を整えたミナミは万遍の笑みでお願いした。 「理由は明日話すから、今すぐアズに化粧してやってよ! 可愛くしてやって! ユリちゃんなら道具携帯してるでしょ?!」  テンションの高いミナミに怒涛のように押し切られユリは了解した。それから一瞬冷静に何を頼まれたのか思い返してみて――結果、ユリのテンションはミナミを上回った。  ふふふと異様な笑いを漏らしながら、ミナミからバトンタッチしたアズを空室となっているだだっ広い講義室へ連行していった。  ちょっと可哀相かもとミナミは冷静になって思ってみる。いや、でも、アズは飾りっけが無さ過ぎる。折角ならば、とことん可愛くして連れて行きたい。誰かさんの馬鹿面が思い浮かぶ。そうしてミナミは心の中で「これで貸しひとつ」っと意地悪な笑みを浮かべた。  最近、アズは覇気が無い。元々賑やかな方でないのだから、そうなると暗くて鬱陶しい。学食で本を読むアズにミナミは珍しく面倒くさいとも思わずに真っ直ぐ声を掛けた。休講で持て余していた物憂い昼下がりは更に物憂くなったが、お陰でミナミは決心をした。  アズは仲間内の中で一番付き合いが古いが、こうしてふたりだけで話すことはあんまりない。彼女はミナミの中で昔から大切な友達のひとりにカウントされていたけれど、今は一対一で話すとなると少しだけ苦手だ。  心を見透かされることをミナミは好まないが、アズにそうされることは嫌じゃない。同様のことをアズもミナミに感じているが、アズの方からミナミに寄ってくることは滅多にない。  信頼はしている。言葉が要らなければ、どれだけ一緒に過ごしても不快感を覚えることはなく、心地よい。  しかし、そんな姿をふたりが友達たちに見せることはなく、ユリにしてみればあんぐり口を空けてしまうほど珍しい光景だったことには違いなかった。
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