17人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ
ふたりはよくこの屋上で煙草を吸う。いくつもある学部棟の中で一番学校全体を見渡せるそこは、ふたりのお気に入りだった。
この棟は場所が悪いために講義にはあまり使われなく、穴場となっている。滅多に他人と出会うこともない。
この秘密の場所でふたりは色々な話をする。
「あたしね、大山の頼り甲斐のあるところが好きなんだ」
アズは「うん」と丁寧に相槌を打った。
「でもね、最近の彼は違うでしょ?」
「本当の大山君は、優しい。頼り甲斐があって……」
「うん。アズが今もそう思ってくれているだけで十分だよ。あーあ、あたしちょびっと疲れてきちゃった」
「ユキさんは優しいから」
「ふふっ、アズも優しいものね」
「あたし、優しくないよ。ミナミに怒られちゃった」
「ううん、アズは優しいよ。……ごめんね」
「どうしてユキさんが謝るの?」
ユキが謝るのは絶対におかしいとアズは思った。おかしいと思ったからおかしいと言った。しかしユキは微笑んだだけだった。
「よかったね。ホント、ミナミってばとろいんだから」
「あのね? 別にエータは彼氏じゃないよ?」
「えー? でも十分じゃない。俺のものとか言われちゃったんでしょう」
ユキの気持ちを知っているのはアズだけだ。しかも、知ったのはつい最近のこと。
アズはなにも知らずにユキに大山のことをずっと相談してきた。ユキの想いを知った時、アズは自己嫌悪に陥った。自分の鈍感さを嘆くアズにユキは言った。
気づくわけないよ。誰も気づいてない。相手がアズだから言ったんだよ。
その後、アズはひたすら彼の話題を避けた。けれどユキは自分から相談に乗ろとしたし、アズの知らないところで何度も大山を説得しようと試みている。
彼女曰く。これは利害が一致しているのだ。自分も今みたいな彼は嫌いだから。
この言葉を聞いた時、アズは無性に悲しくなった。報われない。どうして、気づいてくれないのだろう。
「ありがとう」
アズが伝えると、ユキはありがたく受け取った。
「ねぇ、アズはね、周りに気を遣い過ぎ。時々はわがままにならないと損しちゃうよ? アズはアズらしく思うように居たらいいんだよ。あたしは、そんなアズを見ていたいよ」
ユキの言葉は魔法のように、いつだってすっと心に沁みてくる。アズは少し泣きそうだった。そんなアズの頭を優しく撫でると、ユキは静かに階段を降りていった。
最初のコメントを投稿しよう!