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アズは今日、ミナミに声を掛けられた瞬間愕然とした。
こういう時、ミナミはいつも少し面倒くさそうに切り出す。なのに今日のミナミは心底不安そうだった。そんな不安そうな顔されるとこっちまで必要以上に不安になってしまいそうで、アズはどきりとした。
「参るよなぁ……」
けだるい響きを持った開口一番とは裏腹に、ミナミは全然関係ない話をした。それは珍しく昔話だった。
そういえば、昔も面倒くさい奴にばっか気に入られてたよな。
そんなことをミナミがアズに言ったのはつい昨日のことだった。
思い出してアズは苦笑いを浮かべた。釣られた苦笑いを浮かべたミナミは普段気だるさを全面に押し出しているのに、笑って八重歯が覗くと女の子みたいに可愛らしい。それを見たら少し気が和らいだようでアズの表情が柔らかくなった。
勢いを得たミナミは、面倒くさがりのくせに珍しくアズの前で饒舌を振舞った。
話題は初恋の女の子の話だ。小学校時代のそれはアズもよく知るところであり、懐かしさが込み上げて自然と微笑んでいた。満足そうに尚話を続けるミナミに、少しわくわくしてしまったアズはぽろりと初恋の子の名前を告げた。
「あたし、エータが好きだったの」
その途端、ミナミは物凄く驚いた顔でアズを見た。そうして先程まで時々カチカチ弄っていたケータイの画面に視線を下ろした。
その時、ミナミはアズの気付いてしまった。アズの言葉は思い出のようできっとまるで違う。
アズを見てはケータイを見る。そしてため息を吐く。それを何度か繰り返しているうちに、変に思ったアズが「な、なに?」と尋ねた。
一瞬ミナミは言葉が出なくて妙な沈黙が落ちる。
「あー、いや……やっぱねぇ」
意味のわからない濁し方をしてから、ミナミは「あ!」と声を上げた。
不思議そうな顔のままのアズを放置してミナミは震えたケータイをカチカチ操作した。
「今日、これから時間ある?」
そうアズに尋ねた目は少し迷惑そうに、けれど悪戯っぽく輝いている。
「うん、大丈夫だけれど?」
と、答えたものの――今の一連と何の関係があるのかさっぱりわからなくて、アズは首を傾げた。
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