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 ……またあの真っ黒い目をしている。何も映さない瞳。空虚なまでに感情の表れない表情で、180は軽く超えるであろう長身から、直立不動で私を見下ろしている。  私は小さな息をひとつ吐く。弘樹と約束した。守らなければ。この人は泣いていたと、弘樹が言ったから。 「……よろしくお願いします。こちらこそ、昨日は失礼しました。これ、受け取って頂けますか? 息子が『お兄ちゃんに』って、昨日あれから手紙を書いたんです」 「……は?」  新庄宗一の目に、違う色が灯る。真っ暗な穴のようだった瞳に、火が灯ったように私には見えた。 「息子、まだ平仮名しか書けないんですが、『お兄ちゃんに渡すんだ』って、時間をかけて頑張ったんです。受け取って頂けますか? 今日主人の実家に向かったので私が預かったんです。子供の落書きですが」  手にした紙片を、そっと差し出す。小さく折りたたんだ紺色の折り紙。しばらくその紙片を見つめたまま微動だにしなかった新庄宗一は、やがてゆっくりと右手をこちらに伸ばしてくる。  ゆっくり、ゆっくりと。その指先は細かく震えている。  観察するとその口元も同じように震えていた。眉間には軽く寄った縦の皺。彫像のように整った顔に、浮かんでいるのはまるで怖れに近いような表情。  私はその表情から目が離せない。この青年は、一体どうしてこんな反応をするのだろう。空虚な無感情の皮を被って、昨日はくしゃくしゃの表情で声を挙げずに泣いていたという。最初はヤクザかと思った。一体どちらが、この男の本当の顔なのだろうか。 「……頂きます」  ふ、と私の手から紙片を抜き取る。そのままきつくたたまれた折り紙を開く。そこに書かれた稚拙な文字を読んだ途端、男の目は一瞬で涙に洗われる。 「……もう。なんだよ。参ったな。あの坊主、勘弁してくれよ……」  片手で目元を覆って背を向ける。私の視線から逃げようとしている。  でもそれは意味を成さない。隠そうとしても隠し切れないぐらいに、この男は肩を震わせ泣いているのだ。  ぐっと握られた右手の中の紙片には、弘樹の精一杯の優しさが綴られている。
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