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「子供が好きなんです。ただそれだけなんです。脅かすつもりも、乱暴をするつもりもなくて。でも、驚かせてしまった。ごめんなさい。大丈夫ですか? どこか、お怪我は……」 「……大丈夫です」  私は立ち上がると脱げたクロックスを履き直した。手の甲で頬の涙を拭うと乱れた髪にも指を入れる。恥ずかしい。なんという醜態を晒してしまったのだろう。この人は、ただ私の息子と遊んでくれただけ。それを取り乱して暴れて泣いて、私はなんと浅はかで愚かな母親なのだろうか。 「こちらこそ、申し訳ありませんでした。男の方に息子をあやして頂くことが、ほとんどなくて。主人は身体を使った遊びをしませんもので、驚いてしまったんです。お気を悪くなさらないで下さいね。本当に、お恥ずかしい……」  弘樹の身を引き寄せその肩を抱きながら、私はひたすら頭を下げる。きっと安全靴と言われる黒く丸い靴のつま先を見つめながら、小さくなって謝罪の言葉を繰り返す。  明日から弘樹の勉強部屋を作ってくれるこの人に、とても失礼なことをしてしまった。弘樹を殺すつもりなんじゃないかなんて、どう考えてもありえない妄想だわ。  この人は無愛想だけど真面目な人だって、源田さんだって言っていたじゃない……。 「いえ。俺が悪かったんです。ごめんな坊主。母ちゃん泣かして。許してな。……じゃあ俺、帰ります」  黒いつま先が視界から消える。顔を上げると、新庄宗一はもう門扉を開けているところだった。長身は後ろ手に門扉を閉め、振り返ることなく丁字路の先へと歩みを進める。 「おにいちゃん! またあそびに来て! たかいたかいしてよね! ぼく、まってるからっ!」  門扉へと駆け寄り叫ぶ弘樹の声に、後ろ姿で片手を上げる。「ばいばーい!」の必死の叫び声には、上げた片手を左右に振って。  ……私は門扉にしがみつく弘樹を、玄関へと促す。名残惜しそうに何度も振り返って、小さくなった背中に目をやる弘樹。 「驚かせちゃって、ごめんなさいね。ママ、あんな『たかいたかい』初めて見たものだからびっくりしちゃったの。お兄ちゃん、怒ってなければいいんだけど」
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