3

1/3
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ

3

 翌朝、7時過ぎには幸樹と弘樹は車に乗り込んでいた。大きな荷物を後部座席に乗せ、幸樹が運転席の窓を開けると私に「じゃあね」と最後の挨拶をする。 「北海道についたら画像を送るよ。君もリフォームの進捗状況を送って。おふくろ達もどう変わるのか、興味があるって言ってたから」 「分かったわ。お義父さんとお義母さんによろしく。弘樹、ばあばにワガママ言っちゃだめよ。ちゃんと言うことをきいて、いい子でね」 「はあーい! ママもさみしくなったらいつでも追いかけてきてね! あ、おにいちゃんに、忘れずにおてがみわたしておいてよね!」  助手席のチャイルドシートで、弘樹は来たるべき冒険に興奮気味だ。私は微笑んで、小さく折りたたんだ紙片を握った手を振りながら弘樹を安心させる。 「うん、必ず渡しておくからね。きっとお兄ちゃんも喜んでくれるわ。じゃ、いってらっしゃい。あなた、弘樹をよろしくお願いします」 「うん、任せて」  ぷ、と小さくクラクションを鳴らして、プリウスはゆっくりと車庫を出る。私は思わずその後ろを追いかける。家の前を左に曲がってその先をまた左手に曲がって、後ろ姿はあっという間に見えなくなってしまう。  ……ああ、行ってしまった。  私はあまりの喪失感に、その場を動くことが出来なかった。弘樹が行ってしまった。次に会えるのは10日後。弘樹が産まれてから、私達が別々に夜を過ごしたことなど一度もない。  幸樹はしょっちゅう出張に出る。だからいないことにも馴れている。でも弘樹は違う。私のお腹の中で命が芽生えてから5歳になるまでの丸6年間、私と弘樹は間違いなく一心同体だったのだ。  私は弘樹を深く深く愛している。私の両親の私に対する愛と同じぐらいに。いやもしかすると、それよりも強い愛情を持って。  弘樹との別れが、こんなにまで悲しいとは思わなかった。歩道に立ちすくんで丁字路に弘樹の面影を探す私を、その時呼ぶ者がいた。 「奥さん、おはようございます」  心臓が、止まるかと思った。私は大きく身を震わせる。ゆっくり振り返ると、そこにいるのは昨日のまんまの姿をした、紺色の作業着姿の新庄宗一。 「昨日は大変失礼しました。ご無礼のほどお許し下さい。本日から作業に当たらせて頂きます。よろしくお願い致します」
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!