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「いやどうも初めまして。源田工務店で親方をしております、源田康夫と申します。この度は増築部分を担当させて頂きます。精一杯の仕事をさせて頂きますので、どうぞよろしくお願いします」
7月の上旬のある日のことだった。呼び鈴の音にテレビを消して玄関に出た私は、意外な人物の突然の訪問にすっかり戸惑ってしまっていた。
昼下がりの真夏の太陽に焼かれながら、玄関先で頭を下げるのは60はとうに超えたであろういかにも職人然とした男だった。作業着で首に白いタオルを巻いている。私は片手にしていたテレビのリモコンを下駄箱の上に隠すようにして置くと、なんとかよそ行きの笑顔を作って取り繕う。
「こ、こちらこそよろしくお願いします。よろしければどうぞお上がり下さい。お時間があれば、お茶でも」
私は正直困惑していた。事前に作業に当たる人が挨拶に来るだなんて知らなかった。知っていたらこんな簡単なTシャツとGパンでなんかいなかったし、お茶菓子の用意もしておいたのに。
もしかしたら、今日この後続々と職人さん達が現れるのだろうか。水道屋さんや内装屋さんや電気屋さん。……困る。弘樹も幼稚園から帰って来るのに。その後塾に連れて行かなければならないのに、予定が狂ってしまう……。
「いやいや、今日はご挨拶だけさせて頂きに参上致しましたのでね、上がり込むなんてとんでもない。これで失礼します。……おい、お前ら」
源田と名乗ったその男は、玄関の引き戸の外に声をかける。それで私は、外にまだ数人の男の人がいるのだと知る。色とりどりの作業服の若者達がずらりと源田の後ろに並ぶ。
「これらが実際に腕を振るう大工どもです。若い衆が多いですが私が仕込んどりますからご安心下さい。これが新庄宗一と申しましてこれらの頭をします。不備やご希望がありましたらこれにお伝え下さい。おう、宗一」
真ん中の紺色の作業服の青年に向けて、源田が振り返る。宗一と呼ばれた青年は小さく機敏な会釈をしてから、私の目を真っ直ぐに見てよく通る低い声で言った。
「源田工務店で若頭をさせて頂いております、新庄宗一と申します。ご希望に添う仕事が出来るよう誠心誠意努めさせて頂きます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「……は、はあ……」
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