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祥子は仁志を抱きしめた。心が空っぽになってしまって、涙も出なかった。
その後、一郎と義父母との間で、どのような話し合いがあったか祥子は知らない。母屋の声は、ここまでは届かない。
結局、一郎はその夜のうちにキャリーバッグひとつで出て行った。
義母は「祥子さん、本当にごめんなさい」と号泣し、義父は「今後あいつにはこの家の敷居をまたがせん」と激怒していた。
数日後、一郎の署名捺印済みの離婚届が郵送されてきたが、祥子はそれを無視した。
一番の理由は、子どもたちを父親のいない子にしたくなかったからだ。
実家の両親はさっさと離婚して子どもを連れて戻って来るように勧めたが、祥子はそのまま家に居続けた。
義父も怒りが収まってみれば、「一時の気の迷いだ。そのうち帰ってくる」と言うようになり、ゆくゆくは孫の仁志に跡を継がせたいと祥子を引き留めた。
祥子自身は、現実を直視したくなかった。これまで通り婚家先にいることで、夫に捨てられた妻という立ち位置から遠ざかろうとした。
幸い、子どもたちは父親の不在にさほど疑問を持たなかった。以前から、会社と畑とで一郎は子どもと関わる時間が少なかったからだ。
義父母は、総領息子は長期の海外出張へ行ったということにして、世間体を保った。
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