3人が本棚に入れています
本棚に追加
(でも……私だって、知らない土地に来て、舅や姑に気を遣いながら、慣れない農作業をして、家事も育児も任されて……それでも私なりに精一杯やってきた。なのに私が至らないから別の女って……)
そう思った途端に、目の奥が熱くなって、涙がこみ上げてきた。
(妻を支えるのが夫の勤めでしょうに!)
悲しみが怒りに変わっていく。
小さい時から世界各地の神話や儀礼・祭祀に興味があった祥子は、文化人類学の研究者になりたかった。ゼミの教授には大学院を勧められたし、郷里の博物館の学芸員になる道もあった。
幼い頃からの夢を捨てて、農家に嫁いだ。一郎のためだけに。
けれど、彼にとって自分は一番の女ではなかった。
(直美さんを忘れてなかったのに、なぜ私と結婚したの!!)
「ママ?」
仁志の声に祥子は我に返った。涙で頬がびしょびしょに濡れていることに気づく。一郎が出て行ってから、初めての涙だった。
「おなか痛いの? なでなでしたげようか? 神様になむなむして痛いの治してもらう?」
尋常ではない様子の母親の顔を、仁志は心配そうにのぞき込んでいた。
「大丈夫よ、もう治ったから。ありがとね」
手の平で頬をぬぐい、祥子は無理に笑顔を作る。
(子どもたちに心配をかけたらだめ。せめて私だけでもちゃんとした親でなくちゃ)
立ち上がり、祥子は片手で仁志の手を引き、もう片方の手でベビーカーを押しながら歩き始めた。
最初のコメントを投稿しよう!