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沈みかかる夕陽が、道祖神を朱に染めていた。ふいに、直美の艶やかな笑顔が思い浮かぶ。どんなに外見が美しくとも、他人の家庭を壊し、私ばかりか二人の子どもや義父母を不幸にした彼女に、人間としての価値はない。
(私はそんな女にはならない)
それ以降、祥子は三叉路を通る度に道祖神に祈った。
子どもたちが健康で幸せに過ごせるように。そして、我が家に降りかかった厄災を払ってくれるように――。
十数年の時が流れた。
義父母はすでにこの世を去り、祥子は畑仕事とJA直売所のパートをしながら、仁志と香織を育て、二人とも大学に進学させた。時々、一郎が思い出したように養育費を送ってきたが、それには手をつけずに貯金した。
当初は「離婚届にサインしろ」としつこく迫ってきた一郎だったが、それもいつしか途絶えていた。
平穏な日常ではあったが、それでも祥子は道祖神に祈り続けた。
その日もブドウの袋かけを終えて家に帰る途中、いつも通り道祖神に手を合わせていると、突然スマホの着信音が鳴った。画面に一郎の名が表示される。祥子は無視しようか、しばし逡巡したが、結局電話を受けた。
『もしもし、祥子さん?』
女の声がした。当然、一郎ではない。彼の端末を使って電話をしてくるとしたら彼女しかいない。
「はい。祥子です」
激しく鼓動を打つ心臓をなだめ、祥子は努めて冷静に答えた。
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