放課後の甘噛み

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誰が決めたかは知らないけど、どうやら俺は今日日直で、しかも相方は、くっちゃくっちゃと耳障りな水音を立てながらガムを噛むばかりで何もしない一色(いっしき)改太(あらた)らしい。 一色と俺は去年から同じクラスでクラスメイト歴は2年目だけれど、その間に言葉を交わした回数といえば片手でゆうに数え終わるくらいで、友達というよりは、ただの顔見知りに近い。 それなのに今、今日の出来事を必死に思い出しながら日誌の空欄を埋めている俺の前に座る一色は、なぜだかとても楽しそうだ。 頬杖をついて俺を下からじっと見上げていて、放課後の教室にふたりきりというこのシチュエーションの中、とても気まずい。 くちゃくちゃと動く唇の動きが気になったり、どうしようもなく胸が高鳴ったりする理由がわからないわけでもないけれど、俺の中にはまだその感情を否定したがっている自分がいて、どうしたらいいのかわらかないまま、俺はただ、手を動かして意味のない文字をつらつらと書いている。 「なあ、朝比奈(あさひな)」 「なに?一色」 「お前って、美味そうだよなあ?」 「……は?」 一色のゴツい手が唐突に俺の右手を乱暴に掴んでそのまま口元に持っていったかと思うと、あ、と言う間も与えずに手首をひと口、ガリッと噛んだ。 「いてっ!」 わめいた俺を見上げた一色は、今度は舌を出すと、うっすらと血の滲んだそこを舐めた。 ゾワゾワしたものが背中を這い回って、俺はたまらずに手を引っ込める。 「な、なにすんだよ!」 「やっぱ美味いわ、お前の身体」 「ふざけんなっ」 ドクドクと血液を送り出している俺の心臓は、もう口どころか目からも耳からも飛び出してしまいそうな勢いで動いている。 当の一色は噛んでいたガムを器用に膨らますと、俺を見てニヤリと笑った。
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