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「ごちそうさま」
「なにがだよ!ああもう、歯型がついちまった……」
きっと俺の顔は今、真っ赤なんだろう。
そうわかっていても、上昇していく体温をごまかす術を俺は知らない。
手首に残った噛み跡がなんだか一色らしくて、嬉しいとさえ感じてしまっていた。
「いいだろ」
「……なにが」
「キスマークみたいで」
「アホか!」
えらく機嫌の良いらしい一色には、俺の感じていることが全てバレているのかもしれない。
そうだとすると、とても困る。
心の準備がひとかけらもできていないのだ、俺は。
「嬉しくねぇの?キスマーク」
「それは恋人同士がつけるもんだろ……」
「じゃ、俺たちも恋人同士ってことにしようぜ」
「……しょうがないな」
素直じゃねぇの、と零しながら一色が見せた笑顔は、まだ準備中だった俺の心にやけに眩しく映った。
俺は、書きかけだった日誌のことを思い出したフリをして、視線を逸らすことしかできない。
でも、いざ見下ろした日誌はもう全部書きあがっていた。
顔をしかめた俺を見て、一色はゲラゲラと無遠慮に声を上げて笑った。
「さっさと届けて帰るぞ」
俺が書いた日誌を手に持って立ち上がった一色が、空いている方の手を当然のように俺に差し出してくる。
ああ、まただ。
なぜだかわからないけれど、どうしようもなく嬉しい。
「なあ、太郎」
「なに?改太」
「あとで他んとこも味見させてくれよな?」
「……アホか」
fin
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