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かつてこの世界にはザインと呼ばれる青年がいた。
彼は膨大な魔力を持ち、魔力を糧とする獣を使役し、魔力を操る人々を支配していた。
完全言語、はじまりの言語、古代ヘブライ語とも呼ぶ。
その七番目の言葉がザインであった。
彼は人々から『魔王』と呼ばれて、恐れ崇められていた。
しかしそれもはるか遠い昔の話。
「ううむ、どうすればいい、どうすればいい……!」
今の彼は一人の赤子を前にして右往左往としていた。
「乳はお隣さんに頼んで頂いたばかりだし、おしめでもなかろう。どうして泣いておるのだ」
ザインは悩んでいた。
魔法使いと呼ばれる人々からは叡智の宝庫とまで称されたその頭脳も、かつての世界に訪れたあらゆる災厄を知略によって防いだ輝かしきその閃きも、今腕の中に抱いている赤子の泣いている姿には無意味であった。
「あぎゃぁっ! あぎゃぁっ!!」
赤子は泣いている。何がそんなに不満なのか。すべてに不満を持っているのか。それはザインにも傍観者たる我々にも理解のできない難問に感じられた。
「いや、普通に考えて蒸し暑いのだろう」
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