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部屋の入口から声がかかった。
ザインと赤子のいる部屋に入って来たのは、ユーリ・トリスタニア。この国の騎士団長であり、ザインの友であり、赤子の育ての親の片割れだった。
「そんなに厚く布を巻けば、俺でも泣く」
ユーリはザインの腕の中で泣く赤子の外套を一枚剥いだ。
すると、赤子は涼しげな顔で穏やかな息を漏らし始めた。
「おお……そうか、暑さに気をやられていたのか」
「こんなことも分からないなんてお前は相変わらずだな、ザイン」
ユーリはこれ見よがしにため息をこぼした。
「魔王と呼ばれる割にはできることが少ないな」
「む……私は万物の流転を監視する責務を負った者だ」
ザインは頬を膨らませて、大人げなく拗ねてみせる。
「魔を糧にする獣が世界の魔力を食らい尽さないように。魔を操る人々が世界の何もかもを好き勝手にしないように。それを管理していただけだ」
「世間ではそれを魔王と呼ぶのだ」
「魔王か。では魔王の定義とは一体何なのだろうな?」
ザインは赤子を愛おしそうに抱きながら呟いた。
「王は理解できる。人を統べ、国を統べるものだ。では、魔王は? 魔獣や魔物の類を使役し、人々を脅かせばそれが魔王か? 人に害を為すものたちの長の総称を魔王と呼ぶ訳か? では敵対する国の王たちは? 彼らもまた魔王と呼ばれるべき存在なのではないか?」
「それは詭弁だ、ザイン」
ユーリはザインの腕から赤子を奪い取る。ザインは不機嫌そうにしていたが、それを意に介さず、ユーリは赤子を優しく抱いた。
「王は所詮は王なのだ。人を統べ、国を統べるが、そこまでだ。世界を統べることなど出来はしない。では、お前はどうだ、ザイン。お前は古の時代とはいえ、かつての世界を管理し、すべてを支配していた。それを魔王と呼ばずして何と呼ぶ」
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