32人が本棚に入れています
本棚に追加
29話 虚像
私が壇上の中央に立ってからしばらく経ったが、会場の拍手がなかなか鳴り止まない。これでは話し出すタイミングもなく、ゆっくりと右手を挙げて、会場を制した。
「ただ今、ご紹介をいただきました理事長の花城でございます。今日は遠路はるばるお集まり頂きまして申し訳ありませんでした。お集まりいただきました皆さんに問いたいことがあります。この財団法人は、先ほどの説明があったとおり、絶対君主制ということになっております。つまり、この財団法人の決定権は、すべて私にあると言うことになります。私をこの財団法人の長として、そして、絶対君主として認めてくださる方は、お手数をかけますが、ご起立をお願いできますか? 」
会場の1,000名全員が、一斉に立ち上がった。壇上にいる幹部たちも、同様に立ち上がった。その異様な光景は、一糸乱れぬ帝国主義国家の軍隊そのものだ。
なぜ、こんな多くの人の前に、私は立っているのだろうか?ちょっと昔の私ならば、こんな表舞台に立つことなど考えられなかった。面と向かって戦うどころか、困難なことから一目散に逃げてしまう。そういう男だったはずだ。
「ありがとうございます。皆さまの意思表示を持って、私をこの財団法人の理事長として認められたと受け止めます。先ほど申し上げたとおり、この財団法人の意思決定は、私がすべてを決める。なにがあったとしても、私の指示に従って頂けると受け取ってもよろしいのでしょうか? 」
横にいる赤海が、思いがけない私の言葉を聞いて興奮している。自分の傀儡が思う通りに動いて嬉しいのだろうか。満面の笑みで、大袈裟に会場の拍手を先導した。
先ほどの拍手を上回る盛大な拍手の波が、私のところへ押し寄せてきた。軍国主義の民が、独裁者を受け入れた瞬間だった。
もう逃げるわけにはいかない。この会場に集まった人のためにも、自分のためにも。
最初のコメントを投稿しよう!