3話 血統

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 私が期待をしていた新しい世界は、どこにも広がらなかった。いや、そんなものは最初からどこにもない。むしろ、中年のおっさんの現実に戻された。  私の遺伝子検査結果は、「メタボ気味ですので、規則正しい食生活を心がけて、運動をしましょう」であった。『あなたは、ハゲやすい』というのは心外だが、健康診断の二次検診の医師と概ね同じ内容であった。  低料金5,000円のサービスと割り切るならば、まぁいいかというレベルだ。日中のストレスとハードワークで疲れ切った体に鞭を打って立ち上がった。家に帰っても、やらなければいけない家事、子育て業務が待っている。今日は、妻の愚痴が少なければいいなと切に願う。それからは、送られてきた検査結果をみることも、記憶からも消え失せた。  秋が終わりを告げ、朝の空気が入れ替わった。  その日は、明日まで決裁をしないといけない書類を会社で処理していた。社内のチャットでは、雨池専務から何通も叱咤メールが届いている。彼のメールは、性格に似合わず、すべてをですます調で届く。さらっと読むだけで吐き気がする。今の私には、そんな相手をしている暇もない。  やっと、終わった。あたりを見ると、ほとんどのものがお昼に行っていた。象さんのあくびのように、大きく背伸びをした。  デスクの端っこに追いやられたスマホには、知らない電話番号からの着信があった。いま、開発を手掛けている仕事絡みの取引先かと思った。この前、接待を受けたあの社長かな。  ん?  留守番電話には、意外にも遺伝子検査会社w社と名乗る女性からのメッセージが残されていた。 「当社の遺伝子検査サービスをご利用頂き、誠に有難うございました。至急、お伝えさせて頂きたい事がございまして、ご足労をかけますがご来社頂ければと思いますので、よろしくお願い致します」  私の遺伝子に異常が発見されたのだろうか?  それとも、私の体から病気そのものが見つかったのだろうか?  なんだ?この電話は。再び、遺伝子検査の結果メニューを開こうとするが、パスワードを忘れて入るのが苦戦したが、特段、書かれている内容には変わったところがない。  一瞬、昨日のテレビ番組で特集していた新手の詐欺商法が頭をよぎった。最近の特殊詐欺は、複数の演者が登場し、実に巧妙なやり方をするもんだと感心させられる内容だった。しかも、電話の声からすると、美人なお姉さんが待っているのだろう。よく、中年の男心をわかっていらっしゃる。  さすがに、遺伝子検査詐欺なんて聞いたこともないだろう。そもそも私が騙されるわけもない。だが、本当に体に異常が発見され、それが重大な病気だったら、それはそれでまずい。光輝を遺して、死ぬのなんてまっぴらだ。  スケジュールをみると、ちょうど午後の時間も空いているようだ。大きな仕事を乗り越えた開放感と空腹が手伝って、先方から指示された時間と場所に、仕事を抜け出して向かうことにした。  電話のお姉さんから指定された場所は、職場から二駅で行くことができる都内の雑居ビルの一室だった。  フロア案内のところには、確かにx社の看板がある。  だが、その見窄らしい外観のビルは、とても遺伝子検査をやっていますという最先端企業とは思えず、明らかに違和感を感じた。  どこか怪しい。だが、いま、会社に帰ったとしても、雨池専務が私の帰りを首を長くして待ってる頃だろう。確か、あと1時間後には専務も予定があって出かけるはず。ここまできたからには、時間稼ぎに話だけでも聞いてから帰ろうと覚悟を決めた。  部屋に入ると、受付の女性が座っており、「お待ちしておりました」と、どこか大袈裟に、そして馬鹿丁寧な対応してきた。これが詐欺だったら、教育がよくできている。おぉ、それも遺伝子検査とは、俺の女の好みをも分かるのだろうか?と自笑した。それくらい、いい女だった。
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