1話 縄張

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1話 縄張

 帰りの電車は、戦い疲れたサラリーマンの匂いが蔓延していた。誰もが目的を失い、毎日を生きることに疲れている。  それにしても、知らないうちに歳をとったもんだ……。電車の窓ガラスに映る自分の姿をみて、花城はそう思った。  もう、今年で厄年。童顔と言われた顔にはその面影はなく、かわりに深いシワが刻み込まれている。幸いにも、ハゲてはないが、髪は白髪が目立つようになった。  これは、本当に俺の顔なのだろうか…。  これまでに何度も訪れた転職の機会を逃した結果、良くも悪くも今の会社では中途半端なポジションに居座っている。それでも、世間一般では一流企業の部類には滑り込み、社会的な地位はそれなりにあるという自負はある。  しかし、毎日、同じ時間、同じ電車に乗るという決められた人生。私はそのレールを降りることも許されず、昔に夢描いた成長曲線は、急停車してしまった。  自宅の最寄り駅まで、あと10駅。背伸びをして郊外に買ったマンションまでの道のりはまだまだ遠い。もともとは、田舎の出身で、何年たっても満員電車には慣れない。ましてや、電車が数分毎にくるにもかかわらず、猛ダッシュする都会人の気持ちはわからない。  そんなつまらない人生で終えるはずだったが、一筋の光明が差した。昨年、こんなつまらない私にも息子が生まれたのだ。  名前は、光り輝く人生を歩んでほしいと願い、「光輝」と名付けた。  妻とは大学の同窓会で再会し、なんやかんやと勢いで結婚した。結婚生活10年間、なかなか子供に恵まれなかった。夫婦のなかで、そろそろ子供を諦めようとした時に、第一子が生まれた。  もうすぐ、光輝は1歳になる。歳をとった時の我が子はかわいいというが、不妊治療で苦労した分、子供への愛情がとめどなく溢れてくる。冷え切った私の身体から、そのような温かい感情が湧き上がってくることに、自分自身が一番驚いている。その子に会うために、帰るようなもんだ。  電車内の無機質に流れる電子広告が、発毛を促す育毛剤を宣伝するものから、パステルカラーのキャラクター達がダンスする華やかなものへと変わった。  リーダー格であるキャラクターが、「赤ちゃんから始める英会話」を懸命にセールスしている。リーダー格は、今も昔もレッド。ノルマ達成に必死だ。  隣の乗客にぶつからないよう気遣いをしながら、ポケットからスマホを取り出した。スマホで検索した画面のなかでも、リーダー格であるレッドが「体験無料だよーー!!」という甘い口説き文句で囁いている。さすが、レッド、見事な営業力。  息子には、自分が不甲斐ないぶん、英才教育をすることに決めている。詰めこみでもスパルタ教育でもなんでもやってやる。  よし! 家に帰ったら、勇気を出して、妻に相談しよう。それが、一番の障害なのだが…
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