1話 縄張

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 それはカマキリに同意する。はっきりとは聞こえなくなったが、おっさんはブツブツとなにかを呟いている。下をむいているため、彫りの深い顔色、表情は、こちらからは見えなかった。  カマキリは、頭が弱くボキャブラリーが足りないのか、ずっと、「ぶっ殺すぞ…」としか言わなくなった。  そんな不毛な膠着状態が続く中、二駅が続いた。2人の目的地は、一体どこなんだろうか? この不毛な闘いのゴール地点も含めて。  痺れをきらしたカマキリが、おっさんをつかんで、駅から降りようとした。 「しかとしやがって、この駅で降りろ!! 思いっきり、ぶん殴ってやる!!」 とカマキリがいった。 「イマハヤミ ……イマハヤミ……」  また、おっさんがなにかをブツクサとつぶやいた。おっさんは、最初は降りるのを嫌がり、体を横に振って抵抗していたが、最終的にはカマキリに従い、駅を降りようとした。  最後の抵抗の反動で、私の肩におっさんのリュックがぶつかった。なにか硬いものが入ってたようで、私に肩の痛みという余韻を残して、おっさんとカマキリは消えていった。  関心がない素振りを見せていた周りの乗客もどうなることかと固唾を飲んで、二人の様子をみていた。もちろん、助ける人も声をかけるような物好きは誰もいない。  ホームの人混みの隙間から、二人の様子がちょっとだけ見えた。カマキリが殴りかかろうと鎌を振り上げたまさにそのとき、電車が走り出した。エンジ色のサファリハットが飛ぶ。カマキリが鎌を切りつけたのだ。 「あっ………」  山手線5号車の乗客全員が、流れ行く景色のなか、昆虫の戦いを目線で追っていた。  昔の正義感があった自分ならば、それとも絡まれているのが若い綺麗な女性ならば、助けに行ったのだろうか。  いや、今も昔もなにもしなかっただろう。そもそも、私は、おっさんのような狩られる部類なのか、カマキリの狩る部類なのだろうかと。    そんなことをぼんやり考えていたら、緊急停車した。となりの白いマスクをした新たなおっさんが、ぶつかってきた。携帯のゲームに夢中で、謝りもしない。 「お客様に連絡します。先程の停車した駅で緊急停止ボタンが押されました。安全の確認が取れるまでお待ちください」
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