1話 縄張

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 いきなりの急停車にもかかわらず、誰も文句も言わずに、静かに待っている。さすがに、規律の正しい国民性だ。待っている間、電車の外にあるビルの壁面広告がふいに目に入った。ライトアップをされて、文字が浮き出でいる。  どこか、神々しい光に包まれて、柔らかい誘い文句が浮かび上がる。 「将来のリスクを発見。あなたの設計図を教えます。遺伝子検査へようこそ!!」  遺伝子検査……なにがわかるのだろうか?  先程の駅で、かなりの乗客が降りたので、自分の縄張りはなんとか確保できた。しばらく電車も動きそうになかったので、スマホで遺伝子検査会社のHPを開いてみる。 ★ 遺伝子検査でわかること ★ ① 将来、起こり得る疾患リスク ② 美容やダイエットに関する項目 ③ 祖先のルーツも判定  最先端技術とはいえ、こんなこともわかるのかと感心した。HPの最後にこう示されていた。 「太古からの祖先から、未来の子孫を守るために!!」  たしかに、そのとおりだ。有り難いことに守るべき家族も子供もできた。ただ、子供が成人する一番金がかかる頃には、妻も含めてもう還暦だ。今の会社には、私の席はあるのだろうか? 国民の生活は、この国の年金は大丈夫なのだろうか? 頼むぞ。未来ある若者たち。頼むからしっかり働いてくれ!!  そんな私も、ついに会社の健康診断でひかかって、二次検診も行かなくてはいけない。腹も順調にでてる。メタボまっしぐらだ。  そう考えると、今後の人生が急に暗雲が立ち込め、不安になってきた。  静寂のなかで、車内アナウンスが流れた。 「大変長らくお待たせしました。前の停車駅で、お客様同士のトラブルがあった模様です。安全確認がとれましたので、まもなく発車します」  なるほど、あいつらか。と5号車全員が心でつぶやいた。  つまり、おっさんの安全確認がとれたということだ。よかった、よかった。  しばらくして、最寄り駅、いつもの停車位置で、電車から降りた。まとわりつく、梅雨の空気に、一斉に汗が噴き出した。
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