無銘

かつての『私』が焦がれたように、『私』は『私』ではない者として再びかの地へと戻った。

『私』ではなくなるために、彼女から与えられた名は捨てる。いつか再開を果たしたとき、再び彼女がその名で呼んでくれることを祈りながら。

『私』は。
無力な吸血鬼を捨て去り、かつて文字通りの最強と畏れられもした魔術師の名を借りた。おかしな名だと笑われもしたが、『私』は確信していた。

『私』はいずれ、あの偉大な魔術師と同じように世の全ての悪意を束ねる者になるのだろう。

されど『私』には、こうするより他に道はなかったのだ。生きて再び彼女と会う、それだけを依代に。

だから『私』は、かつて『私』が選ばれたように『私』となる少年を選んだ。
『彼』は近い未来で『私』となり、遠い未来で『私』ではなくなる。

全ては。
彼女をこの手に抱くため。彼女を、冥界より呼び戻すため。