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第二章
1
気分とは最高の調味料である。
なんて言う言葉を聞いた事があるだろうか?
恐らく無いだろう。
何故ならこれは今俺が作った言葉だからだ。
だってそうだろ?どんなに大好物だって気分が悪いと食欲も失せて、口に入れても味がしないのだ。
逆にある程度なら不味くても気分が良ければ気にならないだろう?
何で急にこんな話をするのかって?
今まさに俺がその状況にあるからだ。
しかも悪い方でなんだぜ。
幸か不幸か、我が家の本日の晩ご飯のメニューは俺の大好物のハンバーグ。
勿論嬉しいのだが、最初に述べた通り食欲が湧かず、無理に食べてもあまり味がしない。
そもそも、俺がこんな陰鬱な気分になっている原因は夕方に行ったあの占いの店での出来事にある。
あの後、占い師の少女からの宣告を受けた俺は数秒言葉を失った。
隣の千里は、さも信じられないと言いたげな表情で、木葉は何事も無かったかのようにぽけーっとしている。
こいつ…他人事だと思いやがって…。
「き、桐人君が…自殺…?」
そんな中で最初に口を開いたのは千里だった。
「おいおい冗談だろ?」
俺は俺で、千里が喋った後にそう聞き返すので精一杯だった。
【冗談でこんな事言える程私の接客態度は悪くないと思うんだけど。】
おい、第一声で客をロリコン扱いしてた奴がなんか言ってるぞ。
て言うか最初俺達が来た時無視して本読んでたじゃねぇか。
と、普段なら有無を言わさずツッコミを入れてやる所なのだが、今はそうも言ってられない。
「冗談じゃない!俺が自殺?そんな訳ねぇだろうが!ありえねぇっての!」
つい取り乱してしまう。
すると占い師はまた一つため息をつき、何かを書き始める。
【あなたは一つ大きな勘違いをしてる。】
「え…?」
【これは飽くまでもただの占い。
それ以上でも以下でも無い。
本来、未来と言うのは人と共に変わっていく物なのだから。
これが確実に当たるとは限らない。】
「そ、そうだよな。
ごめんな、急に取り乱したりしてさ。」
全く、相手は小学生だぞ?
何ムキになってんだ、俺は…。
そう自分を落ち着かせようとしていると、少女のホワイトボードがそれを唐突に遮った。
【でも。
今のままなら、あなたは必ずこの運命を辿る事になる。】
自信ありげに笑みを浮かべ、さも当然のように少女はそう断言した。
そこには、はっきりとした説得力が確かに感じられた。
【これは警告。
今私が言う事を、信じるも信じないもあなた次第。】
本来、未来とは人と共に変わる物。
つまりは、変わらなければ未来は一つ。
そう言いたいんだろう事は分かる。
でもなんなんだ…?その絶対的な自信は。
さっきは取り乱した俺に飽くまで占いだなんて言って割り切らせた癖にだ。
正直言えば信じられない。
いや、違う。
実際には信じたくないんだ。
確信に値する説得力があるのだから、それを受け入れられないのは結局事実よりも気持ちの問題でしかない。
そして、それきり占い師は再び本に目を落とし、何も言おうとはしなかった。
と言うのが数時間前の出来事。
それでハンバーグは重い。
どんなに大好物だとしても、だ。
「どうしたの?あんた確かハンバーグは大好物だったじゃない。」
俺の目の前に座る母さんが見かねて声をかけてくる。
「あ、いや…なんか食欲無くてさ。」
そう俺が言ったのと母さんがさも信じられないと言う顔をするのはほぼ同時。
「いつもなら用意したのとは別におかわりまでするのに…。
あんた、本当に大丈夫?熱でも有るんじゃない?」
おぉう、ガチで心配されてしまった。
と言うか息子を心配する理由がハンバーグってどうなんすかね?
「帰ってからずっと顔色悪かったわよ?
朝はいつも通りだったのに。」
と、思ったら早々にバレていたらしい。
何だかんだこの人は俺のことよく見て気にかけてくれているのだ。
本当に恐れ入る。
どこぞの放任主義にも見習ってもらいたいものだ。
とは言え信じたくはないが、もし本当に俺が自殺したら?
こんな人だから母さんはそれはもう大泣きするだろう。
自殺しようとしていたら、自分の命を投げ打ってでも助けようとするだろう。
俺が信じたくない理由はそこにもある。
そうしてくれるであろう母さんを裏切ってまで自殺したいと思う自分が、その心理が、今は全くと言って良い程信じられないのだ。
もし目の前にそんな自分が現れたなら、迷わずぶん殴っていただろう。
でも、それが俺自身だからこそ分かる。
殴ったところで、絶対にやめないだろうと。
それだけの理由があるから、強い意志があるからこそ選んだ選択なんだろうから…と言うのは流石に自惚れ過ぎか。
と言うかあの時あの占い師が言ってた大切な人ってのは誰の事なのだろう?
出会って、とも言ってたからまだ会ってすらないって事だよな。
そして失うとも言ってた。
だから自殺する?
そいつとの出会いで、そんな風に考えてしまう様な俺に変わっていくって事か?
いやいや…流石に無いだろ。
確かにそれだけ思い入れのある奴との別れは悲しいし辛いけど、自殺する程の事じゃないと思う。
それだけそいつの事が大事って事なのか?
失えば死にたくなる程?
思わずハンバーグを箸で突き刺す。
いや…俺重すぎだろう!?
いやいや、流石にそれは無い!
誓って無い!絶対無い!間違い無い!
…無いよな…?
でもだとしたら、それだけが原因って訳でもないのかも…?
だとしたら他に何が…。
と言うかそもそもなんで俺はさっきから最終的に自殺する未来が確実だって事前提で考えてんだよ。
確かに妙な説得力はあった気がしたけど、ここまで考えても絶対そうだと言える根拠なんて何一つ無かったじゃないか。
「桐人…?」
見かねて母さんが声をかけてくる。
やめよう。
仮にもし、これからその大切な人との出会いがあったとしても、そんな未来最後まで信じない。
疑って疑って、そんな未来なんてひっくり返してやれば良い。
勢いよく箸を握り直し、目の前のハンバーグを一気に口の中に放り込む。
「おかわり!」
それを見た母さんは一瞬ポカンとしたがすぐににこりと笑って、
「はいよ!」
と皿を受け取った。
こうしていると、懐かしい記憶が一瞬脳裏を過る。
まずは一つ信じ抜ける物を見つける事。
親父の言葉だ。
なら俺は、ややこしいけど信じられない運命を疑い、信じないって言うこの気持ちを最後まで信じ抜く。
そう心に誓うと、あの時の様に自分がヒーローになった様な気がした。
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