第三章

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第三章

1 闇。 限り無く深い闇。 そこには足場さえ無く、ただ延々と漂っている。 どれくらいそうしているのかも分からない。 そもそも何も無いこの空間に時間と言う概念は無く、必要すらないのかもしれない。 そしてまた、何も無い空間に体を委ねる。 まさか俺は、試練を乗り越えられずに死んでしまったのだろうか? だからもう地に足を付ける事すら出来ないのだろうか? そう考えると突然不安になった。 千里は…? 木葉はどうなったんだろうか? それだけじゃない。 その事を知ったら母さんが悲しむ。 話しを聞いたら親父だって戻ってきて一緒に泣くかもしれない。 ニュースが流れれば、大きな騒動になる。 でも何でだ?確かあの時占い師はこう言った筈だ。 大切な人に出会い、そして失い、自殺すると。 木葉が言う大切な人とは、恐らくあの巫女の事だろう。 でも俺はそいつと知り合いはしたが、そいつの大切さが何一つ分かっていない。 まして、失ったからと言って自殺したくなるような存在だとも思わない。 だとしたら人違いなのだろうか。 仮にそうだとして、俺はその大切な人を失った訳じゃない。 勿論自殺した訳でもない。 いや…それは違うか。 確かに今死んだのならもうその大切な人には会えないし、試練だって自分の意思で受けた物じゃないか。 それで死んだのなら自殺と変わらない。 そう言う意味だったのか。 思えばまだ色んな人にお礼とかお詫びを言えてない事に気付く。 蟹井に借りたゲームも返してない。 まだクリアしてないゲームだって山ほどある。 もっと大好きな仲間達と一緒の時間を過ごしたかった。 ふざけて、笑い合って、たまには勉強もしたりして。 何気ない時間を、退屈な日々を、もっと積み重ねていたかった。 自分から挑んでおいて都合の良い話しかもしれないけれど。 それでもまだ生きたかった。 今になって心からそう思える。 とは言え人生の終わりと言うのは本来唐突な物だ。 さっき言った様なやり残した事を、全てやり遂げるのを待ってくれる程律儀じゃない。 それにどうせ叶えてもまたやりたい事が出来て後悔するだけだ。 いや、違うか。 今こうして終わったのは唐突な不幸なんかじゃない。 他でも無く自分で終わらせたのだ。 自業自得でしかない。 本当に馬鹿だなと思う。 今更後悔したってもう遅いのに。 もう全て終わりなのに。 諦めてただ揺られていようと、そっと目を閉じる。 すると、どこからか、微かに声が聞こえた気がした。 「き…と…」 幻聴か? いや、確かに聞こえる。 もしかしたらこれは悪い夢なのだろうか? 目を覚ませば、いつも通りの日常が待っているんじゃないだろうか? 「桐人君…!」 呼んでる、千里が。 そうか、目を覚ましたんだな。 「お~い、キリキリ~!」 あいつも居るのか。 ついこないだまでの何気無い日常を何だか懐かしく感じて、思わず涙が零れる。 その声がする方向に目を向けると、眩しい光が目に突き刺さる様に差し込んで来て、思わず再び目を閉じる。 それが少しずつ薄れて行き、やがて消えると、さっきまで聞こえていた声が目の前で聞こえる気がした。 恐る恐る、目を開ける。 すると、そこには見慣れた教室の風景が広がっていた。 「あ、キリキリ起きた。」 「桐人君、もうすぐ授業始まるよ?」 「授業…?」 言われて、自分が今置かれている状態を確認する為に辺りを見回す。 自分の机で昼寝していたらしく、その周りに千里と木葉が居る。 そんな俺をもうすぐ授業が始まるから二人で起こしていた、と言う所だろう。 黒板には今日の日付が書かれていて、その上に掛けられた時計には昼休憩終了五分前の表示。 いや…待て待て…おかしいだろ。 俺はさっきまで神社に居た筈だし、そもそも、その時はとっくに授業なんか終わって夕方だったじゃないか。 まさかさっきまでの出来事は全部夢だったって言うのか? 化け物に襲われた事も、木葉の案内で神社に行った事も。 あの場所で見た死体も、神社の巫女に試練を与えられた事も? そんな筈無いだろ…。 あの時の感覚は夢にしては今も全て鮮明に残っている。 なら、一体今この目の前で起きている日常は何だ? 思わず音を立てて椅子から立ち上がる。 その音を聞いて周りの視線が俺に集まる。 「桐人君…どうしたの?」 「変な夢でも見てたんじゃないの~?」 「神社は!?死神神社はどうなったんだよ!?」 「えっと…死神神社…? いきなりどうしたの?」 「あ~…やっぱ変な夢見てたんだって。」 「夢なんかじゃない!俺はこの目で見たんだ!沢山の人間の死体を!神社の巫女を!」 「おいおい…。 そりゃまた随分物騒な夢を見たんだなぁ。」 蟹井が、話しに入ってくる。 「だから…夢じゃないんだよ!」 叫びながら蟹井の肩を掴んで言い寄る。 「良いから頭冷やせって…。 どうしたんだよ…? お前らしくないぞ?」 「っ…。」 こいつらにどれだけ言っても無駄だ…。 どうやら、この場で他に死神神社について知っている奴は居ないみたいだ。 …やっぱり…全部夢…なのか…? 「桐人君…汗、すごいよ?顔色も悪いし…。 本当に大丈夫?」 「保健室行って休んだら~?」 確かにこんな気分のままで授業なんか受けたくない。 色々考えたいし、ちょっと休もう。 「悪い、千里。 次の先生に言っといてくれるか?」 「あ、うん。 気を付けてね。」 「あ、ねぇねぇキリキリ~!私が一緒に行ってあげようか?」 ニマニマしながら木葉が言う。 「お前はただ自分がサボりたいだけだろうが…。」 「あは、手の内バレてらww」 清々しいまでにいつも通りだ。 さっきまではそれを恋しく思えたりもしたのだが、今は状況が全く違う。 あまりにも当たり前で、全ては夢だったと言う認識を無理矢理に押し付けてくる。 そんな気味悪さからか保健室に向かう足取りは自然と重くなり、足元がふらつく。 だから背後から聞こえる、 「いや本当に心配はしてたんだよ?嘘じゃないよ?」 と言う声も聞こえないふりだ。 どうせ目が泳いでるんだろう。 保健室に入ると担当の沖田先生が出迎えてくれた。 「あら、なぁに?サボりに来たの?」 「いや、ちょっと気分が悪くて…。」 「あらそう…。 確かにちょっと顔色悪いかもね。 よろしい、ちょっと寝てなさい。 あ、でも私は今から少し出ないといけないから行ってくるわね。」 「あ、はい。」 慌ただしく出て行く先生を見送り、ベッドに寝転がる。 目を閉じてみても、やはり眠れる気はしない。 そもそも今この時が夢なのでは?とさえ思う。 もしこれが夢なら、眠れば元居た場所に戻れるのだろうか? それとも、また違う世界に飛ばされるのだろうか? それを無限に繰り替えすのだろうか? いや、待て。 そもそも今だってこんなにしっかりと感覚があるんだ。 頭痛だってある。 これは夢じゃない。 なら本当にあの気味悪い体験が夢で今が現実だって言うのか? もしそうならそもそも俺はいつから眠っているんだ? いや、そもそも教室で眠った記憶なんてない。 意識を失った心当たりがあって、はっきり覚えてるのはあの巫女に指を向けられて気を失った時だけだ。 落ち着け…。 あの時だって感覚はちゃんとあったんだ。 でももし全部が夢じゃないならこの状況をどう説明するんだ? 神社からここまでテレポートしてきたとでも言うのか? いや…それだけじゃ説明が付かないだろう。 他の人が、これまであった事を全く覚えていないのだ。 まるで俺だけが別世界の住人の様に。 駄目だ…頭が混乱する。 「やっほー♪キリキリ、元気~?」 混乱した頭に空気を読めないこの声。 間違い無くあいつだと分かる。 「ありゃりゃ、寝れてなかったんだぁ。 びっくりさせようと思ったのに~。」 とりあえず無視してやり過ごす事にする。 今はこいつの相手をする様な気分じゃないのだ。 「キリキリも死神神社の事、知ってたんだ。」 と、思っていたのだが、木葉のその言葉を聞いて思わずベッドから勢い良く起き上がる。 「お~元気になったね。 良かった良かった。」 「お、お前…今なんて言った!?」 「むにゃ?私今何か言ったっけ?」 うわ、こいつ殴りてぇ…! 「…今お前死神神社って…。」 「ん~?どうだったかな~。」 そう言って嘯く様には軽く殺意すら芽生えるぞ…。 「と言う事は~キリキリも試練、受けたんだね。」 「試練…?」 「ありゃ?まぁ良いや。」 「教えてくれよ!試練って何なんだよ!?」 「あ、そっか~。 キリキリは今受けてるんだね。 キリキリも仲間~♪頑張ってね~♪」 そう言って走り去る木葉。 「あ、おい!?」 追いかける間も無く、木葉は姿を消していた。 そうしてまた、保健室は静かになる。 仕方無くベッドに戻り、再び倒れる。 今受けている…だと? これが、あの巫女が言ってた試練? そんな馬鹿な。 不気味な位にいつも通りじゃないか。 こんなのが試練なら、あんなに自殺者が出る訳無いだろう。 ん、そう言えばあいつ…俺の事を仲間って言ってなかったか? って事はあいつも試練を受けたんだ。 だから神社の事も知ってたのか…。 あの時だって最初から囮になんかなるつもりなんて無かったのだとしたら。 化け物と戦うつもりで、俺らを逃がしたのだとしたら、そう考えれば全て辻褄が合う。 でもあいつが力を持っているとして、どんな力なんだろうか? そもそも、試練を受けたと言う事は、あいつもそれだけ追い詰められてたって事だよな。 一体何があったんだ? と、そこで思考を妨げるように授業終了のチャイムが鳴る。 て事は、あいつ授業抜け出してきたのか。 やっぱりサボりたかったんじゃねぇか…。 いや、でもあいつちょっと喋ったらすぐに戻ったし、ただサボる気だったんならもっと長居してただろう。 じゃあわざわざ授業を抜け出してまで俺と話をしに来たのか? 授業中なら千里達は来ないし、今日は担当の先生も居なかった。 人目を気にしていたのなら申し分ない環境ではあったが、それに何の意味があったのか? 結局、あいつが俺に話した内容は全部俺がもう知っている事だった。 再認識させられた、と言う意味でなら必要だったとは思うが。 新しく入った情報と言えば、あいつが何らかの力を持っているって事くらいだし、それがどんな力なのかは分からない。 その情報だって、あいつが直接そうだと言った訳じゃないのだ。 思わせ振りな事を言ってたから俺が勝手にそう察しただけだ。 やっぱりそこまでした理由が分からない。 それから少しして、ノックと共に保健室の扉が開く。 「桐人君、大丈夫…?」 中に入ってきたのは千里で、心配そうに歩み寄ってくる。 「ん…あぁ。」 「大丈夫だって~。 キリキリは不死身だもん。」 どうやらあいつも居るらしい。 すぐにでも答えを求めたい所だが、全く事情を知らない千里を巻き込む訳にはいかない。 とりあえず様子を見る事にする。 「ちゃんと寝られた…?」 「いや…あんまり。」 「え~勿体無いな~。 折角授業サボってゆっくり寝られるチャンスだったのに~。」 「え?」 おかしい。 こいつは俺がさっき全く寝れてなかった事を知っている筈だ。 あえてそれに触れないだけか…? ちょっと揺さぶりをかけてみるか。 「キリキリ~どったの?急に黙っちゃって。」 「お前は俺が保健室で全然寝れてなかったのを知ってるだろ?」 「はにゃ?何で?」 「いや…何でってお前さっき…。」 「あっ、やっぱキリキりは寝てたんだよ~」 いつもの調子で笑いながら木葉が言う。 「私、今日は今を除いて保健室になんて一度も行ってないよ。」 今度は笑みを消してはっきり一言。 「えっと…そうだよ桐人君。 授業中に勝手に教室から抜け出したりしたら先生に怒られるよ?」 「え…?」 それじゃぁ…さっきのは夢? なら俺はいつから…。 …まただ。 俺は眠ってなんかいない。 夢なんか見てない。 これは現実だ。 いや、これは夢なのか? 別世界なのか? 全く分からない。 俺は今何処に居るんだ? いつまでここに居るんだ?
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