「私」の願い

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「それでは、第8267回目の『生産』を開始します。全員持ち場に待機し、『工場』稼働後は各自の作業に移って下さい」  抑揚のない「私」の声は、若干のタイムラグを伴って、「私」の座る中央管制室のスピーカーから放たれました。  続いて、施設内の各所でも出力されたそれらは地形に沿って複雑に反射反響を繰り返し、わんわんと耳障りなノイズとなって押し寄せます。  その確認をもって、「私」は「私」の号令が施設内の全域へと行き届いた事を確認しました。  目の前のモニターに大写しにされた映像の中では、真白な防護服を全身に着込んだ幾人もの職員達が、何本ものラインに分かれたコンベアにおけるそれぞれの所定の位置に立ちました。  彼らはあくまで従順に、立ちすくんだまま『工場』の稼働をじっと待っています。 「私」は、この瞬間が1日のルーティンのうちで2番目に好きです。  自分の一声は多くの人間を意のままに動かせる。 「私」にはそれだけの力がある。  それを大きく実感できる、数少ない機会だからです。  浅ましく思われる向きもあるでしょうが、なんの変化も無く過ぎる無味乾燥な毎日に身を浸していると、このように些細な刺激にすら縋りたくなるものなのだと、知りたくも無かった世の理を思い知らされることとなりました。  大きな、そして愚かな充足感に満たされながら、「私」は座り心地の良い特注の椅子に身体を預けたまま、いつものように『工場』の稼働キーを回し、そのまま赤色の稼働ボタンをしっかりと押し込みます。  ゴゴン、と遠くの方で音がして、巨大な構造物が動き始めた事によって生じた振動が伝わってきました。  それに合わせて、モニター内のコンベアもゆっくりと動き始め、やがてオートウォークほどの速度で安定します。  コンベアはしばらくそのまま何も乗せずに動き続けていましたが、そのうち全ての付け根にある真っ暗な穴の中から、まったく同じタイミングで人間ほどの大きさの塊が吐き出され初めました。  いえ、実際、それらはヒトの形をしています。  より詳しく述べると、すべて「私」と全く同一の姿です。
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