僕が君のことを初めて知った時、君はすでにこの世界から

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

僕が君のことを初めて知った時、君はすでにこの世界から

 僕が君のことを初めて知った時、君はすでにこの世界から立ち去った後だった。それも1年も前に。  僕は君のことを1枚のCDで知った。  それは商店街のはずれにあった古書店の100円均一の棚の中に埋もれていた。  インディーズバンドの自主制作のCDがなぜ古書店の棚にあったのか謎だが、僕はその3曲入りのCDを聴き終える前に君のファンになっていた。  僕はすぐに君のことをネットで調べ、どんなに努力しようと君には決して会えないこと知らされた。  君が生まれたのは僕が3歳の時、保育園の砂場にダムを作るのを無上の楽しみとしていた頃のことだ。  君が芸能界入りをしたのは14歳の時だ。その頃僕は受かる見込みのない大学を目指して不毛な受験勉強をしていた。  君はアイス・デザートのイメージ・キャラクターとして結成されたアイドル・ユニットでメイン・ヴォーカルを務めCDを2枚出したが、グループは1年弱で解散となった。君は事務所を離れてバンドを組んだ。  君はブルースハープを吹きながら歌をうたい、そのバンドでシングルを5枚、ミニアルバムを1枚、フルアルバムを1枚出した。  そして、20歳で命を絶った。  その頃僕は、着慣れないリクルートスーツで息を詰まらせ、ただ暑いだけの街を歩き続けていた。1年後に君という存在と出会うことになるとは夢にも思わずに。  僕は君のことをもっと知りたくなり、手を尽くして君のCDを集め、君についての情報を収集した。  知れば知るほど僕は君のことが好きになった。  僕は日に何度となく君の曲を聴き、君が残した文章を読んだ。  だが、君との距離は――当然のことながら――、少しも縮まりはしなかった。むしろ、知れば知るほど遠ざかる気すらした。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!