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空いているお店を探しても、吉野家しかなかった。けれども、彼女は喜んで僕におごられて、菅田将暉のどでかい広告の写真まで撮っていた。
携帯の時計を見る。残り一時間。成田空港の屋上で、僕はゆっくりと唇を触れさせる。彼女の唇は小さく、そして冷えていた。舌を入れた。彼女の口からは、先ほど食後のデザート代わりに食べた17アイスの味がする。彼女の細く短い舌が、まるで水揚げされた魚みたいに僕の口の中で跳ね回る。
―――うっ
声を漏らすと、彼女は僕の後頭部を両手で掴んだ。こういう激しいキスは、彼女の故郷の中国から来ているのか、彼女の半分を占めているミャンマーの血に由来するのか。とにかく、彼女は死にそうにバタつく生き物を奥に奥にと押しやろうとする。
負けずに押し返すと、大人が泥遊びをするいやらしい音が響いた。午前2時の成田空港の展望デッキでは、真冬の風しかそれを聞くものはいない。
お互いがお互いを、飢えた子供がシチューの最後の一滴まですするみたいに、貪っていた。別に別れようと言ってたわけじゃあなかった。ただ、二人の未来は違った方向に延びていて、その時の僕らはお互いに道をまげてまで将来を重ねることができなかった。
―――ねぇ、ちょっとこっち来て
僕は彼女の手を引く。彼女は手を引かれるがまま。明かりも届かない、展望デッキの隅で、僕たちは絡み始めた。先に股間を触り始めたのは僕だったけど、彼女も後から僕のものを触ってくる。
「ずるいよ」
彼女は日本語で言った。彼女のショートボブの髪から、甘い香りが漂ってくる。僕の部屋に泊まって、僕のシャンプーを使ったのに、彼女の髪からだけ甘い香りが漂ってくるのが不思議だった。
―――ねぇ、わたし……
―――私?
―――欲しくなっちゃうよ
―――何が
彼女は僕のことをじっと見た。暗闇の中で、うっすらとオレンジに照らされた彼女は、どこか艶めかしい。
「ずるいよ」
彼女はもう一度そういった。僕は彼女のほとんど自然な日本語が好きだった。注意して聞かなければわからない程、その限られた語彙に反して彼女の日本語は自然に聞こえた。
―――ねぇ、ここでしない?
彼女は僕をにらみつけた。そして、軽く頬をたたく。痛い。
―――痛いよ
―――馬鹿な事いうからでしょう
ーーーわかったよ。悪かった。ただ、もうちょっと自分の腕力に自覚的になってほしいな
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