《 こ こ 》

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《 こ こ 》

 また始まった――。  ここに引っ越してきてからの二ヶ月間、壁越しの隣人の騒音に悩まされ続けている――。  最初は囁き声程度のまだ我慢ができるものだった。壁の薄いアパートならば仕方がないかと諦めていれば日を追うごとに大きくなるばかりで、しまいには声ですらない異様な物音が昼夜を問わず繰り返される始末。  これは耐えられるレベルをとうに超えている。  左角部屋に私、その二週間後に越してきたのが中部屋の騒音隣人、さらにその隣の右角部屋に別の先住人がいる。階下にも三部屋ある。  厄介な騒音の主について同じアパートの他の住人は静観を決め込んでいるのかと思っていたけれど、さきほど聞いた話ではどうも違うらしい。  私がアパートの階段を上り終えた時ちょうど、これから出掛けようとする右角部屋の住人が玄関の鍵を閉め終えたところに出くわした。顔を合わせたことも片手にあまるくらいで会話らしい会話なんて引っ越しの挨拶をした時以来だ。ただこのタイミングを逃してはいけないような気がした。 「こんばんは」  すかさず会釈をしながら挨拶をすると、向こうもこちらに気付き、こんばんは、と返してくれた。意を決して話を切り出す。 「すみません、お隣に越してきた方のことなんですが…」
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