《 こ こ 》

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 それが数時間前。  私は今また壁越しに響いてくる形容しがたい異様な物音に目が覚めた。鼓動が早鐘を打ち鳴らしていることを嫌でも認識せざるをえない。    やはりこの音は確かに隣の壁の向こうから聞こえてくるのだ。床下からではない。  勘違いなどではなかった。 (なぜだ? 隣の中部屋は無人のはずだと右角部屋の住人は言っていた。  こんな大きな音が聞こえないなんてことがあるのか。  もしかして私は嘘をつかれたのでは。  だとしても、何のために。)  二時を表示しているスマホの時計が視界に入りつつもとめどない思考だけがぐるぐるとめぐり、私のもてるわずかな冷静さは断続的な異音にかき消されていた。    いてもたってもいられず部屋を飛び出すと隣の部屋の玄関までおそるおそる近づく。確かめたくないのに、まるで体が勝手に動いてしまうかのように、ここまで来てしまった。やはり玄関横の窓は真っ暗のまま人気もない。そしてこの奥から音がする。  周りを見回せば真夜中の静けさと暗闇に包まれている。共用廊下の灯りにくっきりと浮かび上がるのは己の姿だけ。 (どうして誰も起きてこないのだろう。  一体この音はなんなんだ。  本当に自分にしか聞こえていないんじゃないのか。  まさか。)  いざとなれば不動産会社に苦情を入れれば解決するものと思っていた隣人の騒音が、今では身のすくむ恐怖に変わっていた。  万が一のことも考える。不法侵入者がいるのかもしれない。  ためらいながらもドアノブに手をかけ回してみると鍵はかかっておらず、カチャリと音が鳴り驚いて一瞬体がこわばったが、震える手でそのまま回し切りドアノブ手前にゆっくりと引いた。  扉を開けるとそこには家具も何もない真っ暗な部屋があった。
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