即興劇

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 表には夏草が生い茂り、雑木が清朗な影を落としている。蝉の声に混じって、のどかな鳥のさえずりが、たえまなく聞かれた。そっと、風にのって、女の泣き声がしたと思った。 「好いところでしょう」 「ええ、本当に」  日々、私が手を焼く都会の暮らし、まつわりついて離れぬ女のようなそれと袂を分かち、こうして異郷に遊ぶのはなんとも快い。  執拗に私へ追い縋る女の泣き声も、次第に耳を離れた。  ここでは、瑞々しく生命力に溢れた自然が、無関心に私を慰労してくれる。  ※  都合が良い人がいるかもしれない、と電話をかけた私に母は言ったのだった。 「じゃあ、なんとか紹介してよ」  藁にも縋る思いで取り付いた。  両月中に、古民家とライフスタイルというテーマで一文を草する必要があった。いわゆる、田舎暮らしというやつだ。当節、使い古されたネタであるだけに乗り気でなかったが、依頼主が縁故のある太客で断ることもできなかった。  どうにも、ライフスタイルという一句が肝要らしかったから、私は田舎で変わった生活をしている人たちをほうぼう探し求めていたのである。 「そりゃ、構わないけど。随分、変わった人よ」 「なに、変わった人のが良いんだ。そういう趣旨なんだから。どんな人?」  母はその人をあまり好くは思っていないらしい。非難がましい口振りだった。     
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