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小さな子供に嘘を吐いちゃダメだよって教えるのと似た気配を感じている。嘘が良くない、というのは正しいことだ。でも必要な嘘もある。優しい嘘もある。私はそれを知っているのに、嘘はダメだよって正しいことだけ言われると納得できない。 美紀子さんは、ぽかんとして、少し考える顔をして、腑に落ちたように笑った。 「そっか、そうだね」 美紀子さんの緊張が一気になくなる。リラックスしているとまでは言えないけれど、ミカンを持つ手は強張っていないし、笑顔も作り笑いじゃない。 「もう子供じゃないよね。ごめんね。きれいな建前だけで誤魔化さないで、一人前の人間同士、仲良くなろうって思わなきゃいけなかったのにね。確かに、脱いだ服がひっくり返ったままの時は何度もお願いしてるのにって思う。この程度でイラつく日もあるんだから、聖母にはなれないわ。だからどうか非行に走って家庭内暴力とかはやめてね。きっと私も非行に走っちゃう! 大人同士、お互い様でやっていこうね!」 美紀子さんの声は明るい。清々しい様子に、私は急に不安になった。 「非行に走る予定は今のところないけど……でも、その、私まだ未成年だし、働いてるわけでもないし、大人っていうのも何か、未熟かなって思うし……」 おろおろと言い訳をする。子どもじゃないと自分で言っておきながら、そうだね大人だねと言われると責任逃れしたくなる。完全に子どもだ。恥ずかしくてうつむく。もともと作り笑いではなかったけれど、美紀子さんは今度こそ楽しそうに笑った。顔を見てなくても声で分かった。 「大人と子どもの境目だからね、難しいよね。そう、そうなの。そういう時期なのに。変に子ども扱いしちゃってごめんね。半分は大人として、半分は子どもとして、仲良くしてもいいなって思ったらでいいから、仲良くしてね。親じゃなくても全然いいから、新しい家族として」 ちらと目線だけ上げて美紀子さんを窺う。穏やかに微笑んでいる。私は小さく頷いて、うんって一言だけ返した。
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