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「親だからって愛さなきゃいけない義務は無いのよ」
テレビのリモコンをテーブルに置いた手のまま、私は動くのを忘れた。顔はテレビのほうを向いている。番組表を眺めた末に大自然の映像に静かなナレーションが時々入るような番組にしてしまった。特に興味があるわけじゃない。どれでもよかったので適当に選んだチャンネルだった。
ちらちらとチャンネルを回していたときに映っていた、良く見る芸人と見知らぬモデルと最近人気の出てきたアイドルが大声で話しているほうの番組にすればよかった。あのにぎやかな番組だったら、美紀子さんはこんな話を始めなかったかもしれない。
穏やかなナレーションも途切れて、落ち着いた音楽だけが流れている。
さっきまで全然気にしていなかったシャワーの音が遠くに聞こえる。パパは長風呂が好きだ。今日も一日すべて終わって、明日は休み。今からゆっくり湯船に浸かるだろう。
「嫌われたら悲しいけれど、だからって無理に好きになってくれなんて言えない。もしもあなたが無理に頑張って苦しい気持ちになっているのなら、私はそのほうが悲しいの」
美紀子さんは静かに言葉を重ねる。普段から穏やかに話す人だけれど、いつもよりさらに、優しい声音を作ろうとしているのが分かった。私はテレビを見たまま、リモコンの上に手を置いたまま、何も言えなかった。
テレビの横にある棚のガラスに美紀子さんの顔が映っているのに気付いた。ミカンを手に持っている。握りしめるでもなく、剥くでもなく、美紀子さんの目はミカンを持った手を見つめている。
「生みの親とか育ての親とか関係なくね、親だからって愛さなきゃいけないなんてことはないし、私のことがあんまり好きじゃなくても、それは悪いことじゃないのよ」
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