第1話 眠り薬

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   香彩(かさい)の持ち込む材料は、麒澄(きすみ)にとって時に刺激的であり、時に危険なものでもあり、充分に楽しませて貰うことが多かった。  だか今回ばかりは流石に心配だった。  もう幾度目になるのだろう。  こうやって香彩が薬を取りに来たのは。   「毎日飲んでるわけじゃないから大丈夫だよ」 「……もう毎日、というわけではないんだな」    麒澄(きすみ)の言葉に、香彩(かさい)は無言で頷く。   「今はどれくらいの頻度なんだ?」 「……四日に一回くらい」  何かを諦めざるを得なかった、そんな表情を浮かべたまま答える香彩(かさい)の頭を、麒澄(きすみ)はたまらず、くしゃくしゃに撫でた。  何するのと不機嫌な顔になりつつも、その憂いは決して晴れることはない。  眠れないのだと香彩(かさい)は言った。  彼が城からいなくなる夜は、どうしても眠れずに夜を明かすのだと。  だから麒澄(きすみ)は与えたのだ。  一時の夢を見る眠り薬を。  だが慣れもあってかその効果は少しずつ薄れ、今では強めの薬を処方している。  それでもやはり眠れてはいないのだろう。  香彩(かさい)の顔色はあまり良くない。  たとえ薬の力で眠れたとしても、心の中の叫びに蓋をして、見て見ない振りをしていれば、いずれ身体に異常をきたすのは目に見えている。  眠れない理由を解決することが、一番の近道なのだ。  だが香彩(かさい)自身がそれを望んでいないのだと、麒澄(きすみ)は気付いていた。  『眠れない理由』を『解決』することが、今まで築き上げてきた関係そのものを壊すことに繋がるのならば、香彩(かさい)はたとえ自身が潰れても、解決することはないだろう。    香彩(かさい)が十八になった日から、ひっそりと、まことしなやかに広まる噂がある。それは意外性も伴って、少し離れた紅麗にも拡がりを見せていた。    竜紅人(りゅこうと)が紅麗の遊楼通いをしている、と……。    彼は香彩(かさい)の想い人だった。         
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