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あの日以来、香彩は眠れなくなった。
うとうとと眠気が襲ってきても、張り詰めた心が眠りに落ちることを拒むのだ。
竜紅人が城からいなくなる夜は、特に酷かった。眠いはずなのに眠気すら感じず、彼は今頃見世にいるのだろうかと考える度に、胸の奥がずきりと痛む。
やがて食べ物すら、身体が拒むようになった。
表向きには周りにいる者に、心配させないように食べてはいたが、どうしても身体が受け付けない。気付かれない様に平然とした顔を作りながらも、後で吐いた。
見るに見兼ねた友人に無理矢理連れて来られたのが、麒澄の薬屋だったのだ。
初めに比べれば、幾分か体調は良くなった。毎日飲んでいた眠り薬も、今は四日に一服で済んでいた。それが竜紅人の遊楼通いの回数と比例しているのは、もう嗤うしかないのだと香彩は思う。
「……滋養の薬も入れておいた。少しは身体が楽になるはずだ」
葉煙草の煙を自身の頭上に吐き出しながら、麒澄が言う。
「出来れば薬は、この処方の分で終わりになるといいんだがな」
「……多分また来ると思うよ」
だろうな、と大きなため息をつく麒澄に、香彩は再び苦く笑った。
薬では治らない厄介な病なのだ。香彩自身が治すことをしないと決めた以上、どうしても薬の力に頼らざるを得ない。
愚かな自傷行為の様だと思う。
綺麗な翠色の髪をした友人には、咎められた上にいっそのこと自分の想いを伝えたらどうかと言われた。
その方が少なくとも今より健康的だと。
だが香彩は決して首を縦には振らなかった。
(伝えてどうする)
(彼には、想い人がいるというのに)
(伝えて、自分に対する態度が変わってしまったら)
(自分を見る目が変わってしまったら)
それこそ耐え切れる自信がない。
悔しそうな、やりきれなさそうな表情を浮かべて歯を食い縛る友人に申し訳ないと思いながらも、香彩はそう伝えたのだ。
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