第360話 大宰私室にて 其のニ

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第360話 大宰私室にて 其のニ

 皇宮母屋(こうきゅうぼや)の頑丈な扉の前に立つと、それはひとりでに開き始める。  常に大司徒(だいしと)の強力な結界が張られ、呼ばれた者、召致したもの以外、入ることの許されない場所だ。  三層から成るこの楼閣は、一層目には国の祀りの全てを行う潔斎の場が。二層目には大宰(だいさい)政務室とその私室が。そして三層目には国主の政務室と私室が存在する。  大宰(だいさい)と国主の政務室は中枢楼閣の六層目にもあるが、国行事前になると潔斎の場での政務が増える為か、こちらで過ごすことが多い。  皇宮母屋(こうきゅうぼや)内に足を踏み入れれば、どんな『力』が作用しているのか分からないが、大きな扉がゆっくりと閉まっていく。やがて背後で扉閉の音がやけに大きく響いた気がして、香彩(かさい)は身を竦ませた。  同時に辺りを漂う、洗練された澱みのない空気に、背筋を叩かれたかのような気がして、香彩(かさい)は前を向く。  普段であれば固く閉じられている潔斎の場の引き戸が、国行事の前仕度の為か、今は大きく開かれていた。  場の中央付近の床に、紅筆で描かれた四つの陣が見える。それらは門を護る四神達の陣だ。  そして四神の陣の中央、潔斎の場の真中(しんちゅう)ともいえる場所には、白い敷包布(しきほうふ)が敷かれていた。その四隅には『場』を浄める為なのか、神気の気配のする榊の枝が挿されている。  司徒(しと)という立場で、これまで幾度も国行事を見てきた香彩(かさい)だったが、それは初めて見る光景だった。  雨神(うじん)の儀で使われることのない、陣や敷包布(しきほうふ)を見て疑問に思っていた香彩(かさい)は、ふと頭の中で浮かんだある答えに、顔を赤らめた。  すぐに潔斎の場から視線を逸らして、二層目へと向かう階段へ向かう。一歩、段を上る為の足を踏み出して、香彩(かさい)は歩みを止めてしまった。  頭の中に浮かんでくるのは、先程の潔斎の場の光景だ。自然と視線が再びそちらを向いてしまって、香彩(かさい)はいま見た光景を頭から追い出そうとでもするように、(かぶり)を振った。  意を決したかのように一歩、また一歩と階段を踏み締める。だがやはり香彩(かさい)の脳裏には、潔斎の場に此れ見よがしとばかりに敷かれた、白い敷包布(しきほうふ)の光景が浮かんで離れてくれない。 (──あの場所で)  自分は、目合うのだ。  四神の陣の中央で、敷包布に横たわる自分を想像する。  それはいつか必ず訪れる未来であり、潔斎の場でその準備がされている事実に、香彩(かさい)の階段の手摺を持つ手がふるりと震えた。  そんな震えを誤魔化すように、ぐっと手に力を入れる。  一体それは何に対する震えなのか。  分からないままに、やがてそれは収まり、香彩(かさい)は安堵の息をついた。  
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