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その昔、わたしの曇った眼の前に現れ出た
朧な姿が、今また揺らめき近づいてくる。
こんどは君らをしっかりとつかまえてみよう。
わたしの心は今なお君ら幻の姿に惹かれている。
(ゲーテ『ファウスト』高橋義孝訳より)
白蝶貝とペンシェル(貝)を使った、白黒のチェス盤みたいな模様の柄がついた虫眼鏡で、朝霧は塩化アンモン石を見ていた。顕微鏡もあるが、この虫眼鏡を使ったほうが、より雰囲気が出る。塩化アンモン石は塩素とアンモニウムが化合して樹枝状を形成した鉱物である。手に取ると極めて軽いことがわかる。
鉱物や樹脂、硝子の蒐集、アンティーク、ヴィンテージの美品の蒐集は朝霧の趣味だった。朝霧とは苗字ではなく、歴とした名前である。苗字は高遠と言う。部屋の中には調度品と収集物の諸々が、それなりの秩序を保ちつつ納まるべき場所に納まっている。
「なあ、朝霧。石と会話して楽しいか?」
「ちょっと黙っててよ、メフィストフェレス」
「傍で見てたら不気味。お前、モテないだろう」
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